7/2…イベント当日
--奈瀬2--
本当に…本当に信じられなかった!!
(あの人に…打ってもらえるなんて…)
憧れの人なのだ…彼は。自分にとって…いや、囲碁を打つものとして…天上の人と言ってもいいぐらいに。
(すごい…すごいわ…)
余りの嬉しさに、今朝塔矢から電話が来たときは、涙まで出そうになったのだ。
(それにしても…流石…塔矢ね。)
この間約束したとおりに、塔矢は指導碁のプロを探してくれて…うまい人が見つからなくて、自分が打ってくれたんだけど、そのときに会話したことを覚えていてくれて…今日のことを取り付けてくれたのだ。
(塔矢の指導碁もうまかったけど…)
この人に打ってもらう機会なんて、そう持てるものじゃないから…。
(何をおいても…うらまれたって怒られたって!!!!)
そりゃ、私だって、前から約束してた劇のことを忘れたわけじゃない。
練習だって、塔矢に打ってもらうためにサボったのだ。
(ごめん…みんな!!)
内心で謝りながらも、私は自分の決断は間違ってないって思ってる。 あいつらだって、絶対そうするはずだ。
私は棋士なんだから…。
(それに、塔矢…言ってたし。)
『僕が、今日の劇の代理は見つけてあるから…進藤のファンの子でね。むしろ、喜んで代わりたいって言ってるし、セリフも覚えるから…って。』
そう言って、今日の指導碁のことを薦めてくれた。
私は、後ろめたい思いから、自分に都合のいい解釈だけ残して、塔矢に任せることにした。
あいつには感謝してる。
(でも…)
納得いかないことがある。
『奈瀬さん、今日の指導碁の相手がだれか…ってことは、内緒にしてね。』
コレは分かる。相手が相手だか…皆にばれたら、大変だ。自慢したいのは山々だけど…仕方ない。
『今日、代理で行く子なんだけど…キミの学校の友達ってことにしてもらえないかな?指導碁の条件は、それだけ。』
そう塔矢はいったのだ。あとは、詮索するな…とばかりに。
(いくら馬鹿でも…塔矢のコレが、私に対する好意から…とかからじゃないってことは分かるのよ…)
私に対するときの礼儀正しさとかには、時々冷ややかさみたいなものも感じて…別に、あいつが私に好意をもってるわけじゃない…ってことは分かる。
それなのに、ここまでやってくれるキーポイントって言ったら『進藤』しかない。
(怪しいのよね…。いくらなんでも、そんなに都合よく劇に出たい進藤のファンなんているのかなぁ?)
今、注目の進藤だからファンがたくさんいるのは分かるけど、そのファンと塔矢とに交流があるとも考えづらい。
そんな事を考えているうちに、私は大きな門の前にたどり着いてしまった。
緊張しながら…震える手で呼び鈴を押す。
(塔矢…今は詮索しないであげる。試験が終わるまで…わね?)
人の気配を感じて私は喉を鳴らした。
「まぁ、貴方が奈瀬さん?アキラさんからお話は伺ってるわ。どうぞ、お入りになって」
品の良い奥様に通されて、奥の間に足を踏み入れる。
「君が奈瀬君だね。」
着物を着込んだ憧れの人が私に気付いて、顔を上げて静かに笑った。
私は、一気に体温が上がるのが分かる。
「…あ、あの…はじめまして!!奈瀬明日美です!!塔矢先生!!!」
私が、一気に言い切って頭をさげる。
「緊張しなくてもいい。さあ、座りなさい。」
そういうと、彼はまた優しく笑った。
|