★僕の両手にもてるもの★
今日、僕は困ったものを頂いた。
父共々懇意にしてもらっている、桑原本因坊のCD…自家製らしい。
カラオケが趣味だとは聞いていたけれど…まさかここまでとは。
実は僕はそのCDを聴いたことがあった。
この前、実家に戻った時に、父が本因坊にもらったという事で、一家で聞いたのだが…。
それ以来、そのCDが聞かれることはもちろん無いようである。
僕は、物を溜め込むことが嫌いだ。
大体にして、物に執着など無いし…。
物だけでなく、僕は大抵のものに興味がない気がする。
僕がはっきり好きだと言えるものは数少ない。
その中でも、すぐにあげれるもの。
それは、囲碁と…少し前にやっとの事で同棲に踏み切れた可愛い恋人だけ。
その彼の事を思い出して、帰宅中のタクシーの中で顔が緩くなる。
僕の恋人は、僕と同じ同性で棋士で…ライバルで…愛しい愛しい唯一の人。
ずっと渋られていた同棲だったけど、やっと了解してくれて…バタバタ引っ越して、もう2ヶ月。
僕にとっては夢のような日々だった。
大好きな彼が、振り向くとすぐ傍にいて…手を伸ばせばすぐ抱きしめられて。
進藤との時間は楽しい。
甘い時間を共有できる…それだけでなく、空気のように過ごす時間も…濃密に互いに真剣に碁を打つ時間も…。
今まで僕が感じたことの無い驚きをくれる。
初めて満たされている…そう感じる日々。
一緒に暮らすことで、同じ棋士として考えられるデメリットもあったが今のところ上手くいっていると思う。
僕は、父が海外に行くことが多くなってからは、それについて母も出かけてしまうため、家事には慣れていた方だから、問題ないし、家事をしたことの無い進藤も洗濯物や買出しはやってくれるし、料理は興味がある様で、何かと手伝ってくれる。
彼と一緒にたつ台所は、また楽しいから僕は好きだ。
それはそれとして、彼はともかく掃除が嫌い…というか、苦手のようだ。
何より物を捨てない。
いらないようなものでも、「これはあの時こんな事があって」と目を輝かして話してくれる。
そんな彼が、大事そうに片時も離さない物…。
安い桂の碁盤だ。
彼はそれを見るとき、とっても優しくて暖かい目をする。
時々寂しそうな目をする。
僕といるのに…。
彼の…彼だけの世界。
そこには、僕はいないんだ…。
そう思うと、胸が苦しくなって…思わず手に力が入る。
『バキッ』
さっきもらったCDを手に持っていたことを忘れていた為、思いっきり力を入れられたCDはひびが入り中まで割れてしまったようだ…。
タクシーの運転手が、静かだった僕の出した大きな音に一瞬バックミラーで、様子を伺ってくる。
その視線から、視線をそらすように僕は割れたCDを見つめた。
いつも僕に笑顔を見せてくれる進藤だけど…彼には彼だけの世界があって、決して僕だけのものにしたという気持ちにさせてくれない。
もしかしたら、だれか他の人と付き合ったとしてもそういう気持ちになるのかもしれないけど…僕は彼以外考えられないから…心が反応しないから…駄目なんだ。
彼の心の一部をいつも占めているのは、きっと彼の中の謎…saiの事だと僕は思う。
『お前にはきっといつか話すかもな』
そういってくれたいつかは、まだ来ていない。
でも、彼にとってsaiが特別なのは分かるから…。
僕のように身体の関係があったわけでないのは、彼と繋がったとき…明らかに彼が初めてで…。
それには確信があるけれど…。
それでも、僕は、彼に聞く事が出来ない。
彼が話したがらないうちに聞き出そうとしたら、彼自身を失ってしまいそうで…。
彼が絡むと、僕は馬鹿みたいに臆病になる。
タクシーが二人で決めたマンションの前に着き、お金を支払って降りる。
タクシーを使ったというのに、やたら疲れた気がして、しびれた頭で割れたCDをマンションの隣にあるコンビニのゴミ箱に捨てる。
部屋へ入ると、彼の靴が脱いである。
相変わらず、ぬぎっぱなし…という感じであるが、その乱雑さが、彼を感じさせて僕をほっとさせる。
まだ、彼は僕のところに帰ってきてくれる。
愛しい彼の顔を見たくて、玄関脇の進藤の部屋を覗くと、なにか考え事でもしているのか彼がオーディオセットの前でじっとしている。
僕が入ってきたのに気付きもしない彼に、寂しさからいたずら心がおきて、その細い背中に後ろから抱きつく。
ふわっと、彼のやさしい香りがして僕はほっとする。
その瞬間、彼が身体をびっくとさせて、声を上げる。
「おわっ!びっくりした〜」
目をくりくりさせて、背後にいる僕を上目遣いでみる姿が可愛くって、思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。驚かしてごめんね。でも、部屋に入ってきても全然僕に気付かないから。どうしたの?」
僕が、甘い気分になって尋ねると彼は目を落として
「別に…。」
と答えた。
その顔に、出会った頃には無かった儚げな美しさを感じて…僕は胸が突かれる。
彼をそんな顔にさせる何もかもが、いらだたしい。
「ふぅん。」
僕は、興味がふりをして彼の耳元に鼻をうずめる。
このまま、耳をかじり取ってしまおうか?
彼の体温を感じながら、愛しい愛しい彼を滅茶苦茶にしてしまいた、衝動に駆られる。
「あの…今日、桑原のじっちゃんからCDもらっちゃってさ。自作のヤツ。お前もらった?」
彼が焦ったように、話題を変える。
ソレさえも、腹立たしくて、僕の口調がドンドンぶっきら棒になっていく。
「ああ…もらったよ。」
「ひっで〜もんだったよな。なんか、お経みたいな唸り声が入っててさ。オレびっくりしちまった。」
進藤は、CDの内容を思い出してクスクス笑っている。
僕以外の、ほかの事に興味を持つ君…。
僕は置いていかれた様な気がして、僕を…僕だけを見て欲しくて、彼に覆いかぶさるように体重を乗せる。
そんな僕の行動を、いつもの御ふざけだと取ったらしいヒカルは、まだ笑いながら僕を斜めに見上げてくる。
「なんだよ〜。オモテェな?お前、あれどうするの??」
彼の楽しそうな瞳が大好きだ。
僕は彼を愛しすぎていると思う。
でも、僕が彼に置いていかれるんじゃないか…と感じている事を。
彼の中の、誰かの影に常におびえている事を…。
知られる事は、僕のプライドが許さなくて…。
君を困らせるから…なんて綺麗ごとじゃないことを、僕は知っているから。
余計に、自分が汚く思えて…。
八つ当たりだと分かっているけど、彼を傷つけたくなった。
彼の事を考えていて壊してしまった事なんていわない…。
「もう、捨てたよ」
彼は、僕が簡単に物を捨てるのに、たまに文句を言うけれど…大抵黙っている。
でも、いい顔をしていない事は分かっている。
だから、事実だけを述べた。
すると、彼の顔がみるみるゆがむ。
「なんだよ…。それ…。そりゃ、もらって困るもんだったけどさ。」
怒りを表すように、抱きつく僕から身体を浮かし、僕を見上げる進藤…。
君は何を思って、そんなに物に想い出を残すの?
「感想は聞かれるだろうけど、家に一枚あるから一度だけ聞いたことがあったし…まさか、持ってるか確かめられることもないと思うから…もってても聞かないものだし捨てたよ。」
僕はまた事実だけを述べる。
「…。お前、そうやって何でも簡単に捨てるんだな!!」
そういうと進藤は、僕を突き放すように動き出す。
行き成りの抵抗に、僕は油断して、彼を離してしまった。
大きな目を瞠らせて、僕を見つめる愛しい恋人。
傷つけてしまったのだろうか…。
こんな事がしたいわけじゃない…。
ただ…、君の中にある僕以外のものが…目障りで仕方ないだけ…。
「進藤…。急にどうしたの??」
本当は、彼が何故怒ったのかなんて分かってる。
でも…、怒りに繋がる理由を僕は知らない…。
だから、素知らぬふりをする。
いつだって、君を見つめてる僕だから。
分からないはずは無いじゃないか…。
君が、僕以外のことに想いを馳せているときのことを。
僕が彼を、ただ見つめていると、進藤は急に後ろを向いて僕に向かって枕を投げる。
「出てけよ!」
僕は、彼が投げた枕をキャッチして、急に怒鳴るように起こる彼に近寄る。
「進藤?どうしたんだ、急に!!」
「いいから、出てけよ。こんな風に思うのはオレだけなんだから…お前にゃワカンネーよ!!」
彼が、急に火がついたように、手をばたつかせる。
僕の顔や肩に当たる手が、少し痛かったけど…そんな風にがむしゃらに手を振り回して…彼の指に傷がつく事のほうが心配で、彼の手を捕らえる。
涙を流す彼…。
本当に愛しくて、折れるほど抱きしめたくなるけど…君の気持ちが知りたくて、僕はわざと質問を続ける。
「進藤!行き成りどうしたんだ?!言ってくれなくっちゃわからないだろう?僕の何が気に入らないんだ?」
ただ、「そうだ」といってくれてもいい…。
たとえ、不満であっても君の想いが僕にとらわれていてくれればいいのに…。
そう思って、僕は彼の答えを待っていたかったけど…。
彼の両目から綺麗な涙が流れて…、その涙さえも僕のものにしたくなって、ほとほと自分に困ってしまう。
こんな風に彼を追い詰めてばかり…。
そして、きっといつか彼が自分の所に帰ってこないのではないか…。
そんな事は許せない!
僕が勝手な思いにとらわれていると、進藤の身体から力が抜ける。
その、血の気の抜けた人形のような整った顔をみていて、僕はハッとする。
僕はこんな事をしたいわけじゃない。
彼を、ただ愛したいだけ。
彼から、愛をもらいたいだけ…。
自分が大きな間違いをしていた事に気がついた気がして…、崩れ落ちそうな彼を抱きしめる。
「進藤…僕がものを捨てるのが気に入らないの?」
「……」
彼を手に入れるために…僕は自分のプライドを捨てる事にした。
そんなものは、彼に比べたらどうって事のないものだ。
意地をはって、彼を失うくらいなら…土下座したっていい。
僕には彼しかいないのだから。
僕の気持ちを全部知って…。
僕が君をどんなに想っているか…少しでもいいから、感じて…。
そう思って、僕は彼を想う気持ちだけを白状する。
「確かに、僕は簡単にものを捨てすぎてしまうかもしれない。だって、僕は君と囲碁以外興味がないから。その二つを両手にもったら、もう後は手にもてないから後は捨てるしかないんだな。」
自分で言っていて、あまりの、我がままぶりに苦笑いをする。
「でも、確かに桑原本因坊のCDをすてるのはまずかったかもね。いくら興味がないとは言え、先輩棋士の思いのこもったものを捨てるのは、礼儀に反したかな?」
彼を想って割ってしまったCD。
その中に込められた想いの事に、考えを馳せていると…急に申し訳ないような気がしてきた。
彼と一緒にいると、自分の薄情さに驚きながらも、それでいいのだと思う。
僕は、君だけいればいいから。
そう思っていると、彼は安心したのか、また俯いてしまったので、僕が抱きしめている腕に力をいれると、僕の胸に顔を擦り付けてきた。
その仕草が、人懐っこい動物を思わせて…僕は愛しくて彼を、優しく抱きしめる。
そして、彼の耳元に祈るように囁く。
「でも、進藤はもう少し物を捨ててくれなくっちゃね。」
僕が、もっと君の中に入れるようにね…。と僕の本音を伝えると、彼は何もいわずに擦り付けていた顔を、更に擦り付けてきた。
その安心しきった行動に…、僕は彼の愛情を感じて、少しだけ自信を持つ事ができた。
◆ヒカル版をみる◆
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