★オレとアイツの子供の日。9★

その後急に意識を取り戻したらしい塔矢に、また押し倒されそうになったのを、なんとか逃げたオレはタイミングよく戻ってきた社と交代で風呂に入っていた。
塔矢んちの風呂は、広くて気持ちいい。
オレは、ちょっとのんびりした気分になって目を閉じた。
その時居間で、社と塔矢が何を話してるか…なんて知らずに。

オレが風呂から上がってくると、塔矢がオレの手をそっと掴んでそのまま有無を言わさず2階のヤツの部屋まで引っ張っていった。
幸い長旅の緊張もあってか、すっかり寝る仕度の整った社はさっさと布団をしいて眠っている。

「なんだよ?」

二人っきりになったところで、オレが切り出すと塔矢はオレに背を向けるように…でもオレが逃げないように部屋のふすまの前に立って

「キミがお風呂に入ってたときに…」
「なんだよ?」

珍しく言いよどんでいる塔矢をおかしく思いながら、オレは聞き返す。

「社が、キミを心配していたよ。」
「え?」
「キミが、やせすぎだって…。」

(社のヤツ…よりによって、塔矢に言うなんて…)

オレは、ちょっと苦々しい思い出社の顔を思い浮かべた。

「キミが倒れそうになったのを、支えてくれたんだって?」

まだ、オレの方を見ないで塔矢が言う。
オレは、背筋が寒くなるのを感じながら…

「ちょっと、ふらついただけなのになぁ。アイツも、心配性だよなぁ!」

また、ヤキモチやかれて喧嘩になるのだけは避けたくて、オレは出来るだけ自然に言ったつもり。

でも、塔矢は怒っているわけでもないらしく…(いつもなら、急に飛び掛ってくるから分かるんだけど)まだ、うつむいてオレに背を向けていた。

オレもいい加減、その様子にいつもと違うものを感じて不安になる。

「塔矢…?」

オレが、ヤツの顔を見ようと塔矢の肩に手をかける…と

「キミが、時々寂しそうな顔をして…急に上の空になるって言っていたよ」
「!」

さっきは、棋士として打つだけ…と言ってた社だけど…アイツは優しいからオレの事心配してくれてたんだ。

(自分だって、大変なくせに…)

社に、変な心配させてた自分が、申し訳なくもあり、恥ずかしくもある。
相変わらず、不甲斐ないままなんだ…オレは。


佐為を自分の中に見つけて、オレは前に進む事を決めた。
だけど、やっぱりこの時期になるとオレは佐為の声に耳を貸せなかった自分が腹立たしい。

だから、佐為の残したものにふさわしい自分か…その事に気をとらちまって…。



そう思ってオレが黙っていると、オレに背を向けてたはずの塔矢がオレの傍まで来ていて俺を見下ろしていた。

「あっ!」

オレが驚いて声を上げると

「キミを心配しているのは社だけじゃない…」

そう言うと、塔矢はオレの顔に手を当てる。

「一体、キミは誰の事を考えてるの??」
「!!」

その顔は、怒っているわけでもなく…むしろ、悲しそうにで…オレは、ハッとする。


「キミはこの時期になると…僕の声なんて、耳に入らなくなるんだ…。」

誰の声を聞いてるの?

まるで泣いているかのような顔に、オレはまた自分がしてしまった失態にようやく気づいた。
塔矢が変にやきもち焼きなのも、最近イライラしてたのも…全部オレのせいなんだ。

(オレ…誰の声も聞き逃さないって決めたのに…一番大事なやつの声聞き逃すとこだった。)

佐為はいなくなった。
でも、オレと共にいる。
オレの碁の中に。
オレに全てを残してくれたんだ…。
それは、分かってる。

でも、やっぱり、
『ヒカル!』
あの、優しくオレを呼ぶ声が聞こえないのは…寂しい。
この時期になると特に…。

その事に捕われすぎてて、オレはオレを心配してくれる人の事を忘れてしまったのだ…。


◆10◆