★除夜の鐘が響く頃1★


東京の深夜は、新年を祝う人手溢れており…ヒカルも、寒さに白くなる息を上げながら、この日だけは一日中運行している山手線に飛び乗った。

寒さだけでなく、胸がドキドキする。
深夜に初めて乗る電車…というだけでなく、新しい年の始まりの予感がヒカルを浮き立たせる。

(これから、塔矢と初詣だ〜。なんか、すげぇ〜楽しみ!!)


進藤ヒカルは、ともかくお祭りが好きだ。
だから、こんなイベントの日は大勢のいる場所に飛び込んで行きたいタイプだ。

(一度行ってみたかったんだよなぁ〜、明治神宮の初詣!!)

毎年、ニュースでも話題になるほどの殺人的な混み方と噂の高い、明治神宮。
ヒカルは、前々から一度は初詣にいって見たいと思っていたが、親には、「そんな混んでいるところは嫌だ」と駄目だしを食らい続け、同級生で行けるような年になる頃にはプロ試験を目指していたので、それどころではなくなっていた。


だが、今年はちがう。

自分もプロとして生活を始めた。
そしてなによりも、親の評判のいいしっかり者である塔矢アキラと一緒なのだ。

あれは、暮れに差し掛かる前のアキラの誕生日。
北斗杯の予選までアキラの碁会所には行かないと宣言したヒカルは、しばらく彼と会っていなかった。が、棋院で偶然会った某十段に急に拉致され、塔矢家に連れていかれると、そこではにわかなお祝いムードで…。
そこで初めて、塔矢アキラが誕生日であった事をしり、プレゼントも無いままお祝いに参加する事となったのだ。

アキラの父である塔矢元名人とその妻・明子も中国から帰ってきており、ヒカルにとっては最初居心地の悪いものになるのでは…と思って気が引けたし、佐為のことを行洋に聞かれるかと思って身構えていたが、特にそういう話題も上らず、和気藹々としたホームパーティーにヒカルも楽しい時間を過ごしたのだ。
多分、アキラの同世代の友達が家に来る事は珍しい(というか、無かった?)らしく、ヒカルは大層な持て成しを受けた。
泊まっていけとまで言われたが、流石にソレは遠慮をして、アキラの両親(特に、母)に丁重に挨拶をし、その日の主役であるアキラに駅まで送られ帰途に着いたヒカル。


家に戻って、その日の事を思い出しては、なにかプレゼントくらいしなければ不味いなぁ…と思い、財布を開けるが、この時期何かとお金はかかるもので…、プロになって収入の入るようになったヒカルだが、その元をすっかり母に握られており、未だに小遣い制である身としては、アキラにふさわしいような物が買えるとも思えず…。

ということで、残るべきは我が身のみ。

(こうなりゃ、身体で払うしかねぇ!)

ありがた迷惑…という言葉を思いもしないヒカルであった。

そんなこんなで、翌日棋院で対局の終わったアキラと待ち合わせをしていたヒカルは、アキラの碁会所に向かう道を一緒に歩くアキラに話しかける。


「なぁ〜、お前の誕生日だけど」
「?」
「プレゼントなんにもなくてごめんな。」
「そんな事。君が来てくれて両親も喜んでいたし…僕も君の誕生日に何もしてあげてないから、同じだよ。」


そういって、静かに笑うアキラは自分と違って「大人だな〜」と思う半面、ライバルの自分にも本当の自分を見せてくれていないようで…なんだか、寂しいとヒカルは思った。

(オレ…プロになって…塔矢に近づけたと思ったけど…全然、コイツの事しらないんだよなぁ〜)

誕生日だって、もし緒方に会わなけば知る事もなく、興味を持つ事もなく過ぎ去ってしまったにちがいない…。

そう思うと、益々アキラに何かを挙げたくなって体がウズウズしてきたヒカル。

「なぁ、塔矢!お前、なんかしてみたい事ないの?!オレができる事だったら、手伝うし!!」

目をキラキラさせて、自分に話しかけるヒカル。

そんな彼をみて、アキラは「子供だな…」と思う半面、その素直な明るさが羨ましくもあり好ましくもあり。

アキラは最近、彼のよく動く瞳をみていると、胸が温かくなってくるのを感じていた。
だが…その気持ちをなんと表現するのか…気付く事を避けていた。
その為、出てくる言葉は少し嫌味になってしまう。

「君に手伝ってもらってできる事なら、僕には出来てるよ。」

そんな、意地悪な言葉だが、鈍いヒカルは普通に受け流す。

「なんだよ、それ!まぁ、そうだろうけど…なんか、ないのかよ?」

まったく、食い下がらないヒカルに

「じゃぁ、君は何がしてみたいの?」

と逆に質問をする。
ヒカルは、ちょっと考えるそぶりをして、勢いよく顔をあげると

「オレはね〜、明治神宮で除夜の鐘きいてお参りしてみたい!」

突拍子のない答えに、不思議そうな顔をしていたらしいアキラに、ヒカルが目をキラキラさせて力説する。

「だってさ〜もうすぐ正月じゃん!明治神宮ってすごいんだって!正月になると、人が!!」
「でも、除夜の鐘を聞くには電車がないんじゃないの?」
「ふふ〜、オレもそう思ってたんだけどさ〜、なんか31日は一日電車動いてんだって!!」

自分は、したい事など囲碁関係の事ばかりで、ヒカルのようにすぐには「したい事」を挙げる事ができない。
せいぜい言えたとしても
『ヒカルと時間を気にせず碁を打っていたい』
ぐらいだ。
何にでも素直に興味をもつヒカルに、自分の至らなさを見せ付けられたような気がして、寂しくなるアキラ。

そんな彼に気付かずにヒカルは、
「ぜって〜行ってみて〜」と鼻息を荒くしてはしゃいでいる。

すっかり、自分の考えに夢中になっているヒカルをみていたら…

(進藤と二人で、お参り…楽しいんだろうか)

考えた事のない思いに戸惑いながらも、どうしてもやってみたいという気持ちが大きくなってきて
…アキラは、歩く足を止める。
急に止まったアキラを不思議そうに、振り返るヒカル。

「どうしたんだよ?」
「…進藤。僕もそれ行ってみたい」
「えっ?」
「二人で行かないか?31日の深夜に明治神宮…」

突然のアキラの申し出にキョトンとしてるヒカルに、自分のいった事が急に恥ずかしくなってしまい
アキラは、ヒカルから目をそらす。

「いや…ちょっと思いついただけだから…」

気にするな…と続けようとして、

「行こうぜ!」

ヒカルが強い瞳を自分に向けているのが心地よい。

「ぜぇ〜ったい!絶対行こうぜ!!」

「ゼッテェ面白いって!!」ともう31日になったかのように浮かれるヒカルがまぶしくて…。

アキラが目を細めてヒカルを見つめていると、ちょっとバツが悪そうな顔をしたヒカルが悪戯っ子のような顔で、アキラをみる。


「絶対行こうな!!オレ達、社会人だもん!それぐらいいいよな〜?」

そうして、二人は31日の除夜の鐘に間に合うように待ち合わせをする事になった。


 

◆2◆