★星降る庭3★

 

「それで、どういう訳なんだ。」

猫の出現で、すっかり自分の動揺を忘れ去った緒方はヒカルと共に植え込みの元にある人工的に置かれた石の上に腰をおろしていた。
ヒカルといえば、自分の足元の猫をちらちらみながらも、罰の悪い顔をしている。
猫といえば、中断された食事を嬉しそうに続けていた。

「だって、呼ばれたと思ったんだ。」
「?」
「コイツ、今日宴会の前に散歩してたらさ〜、ちっちゃい声で鳴いてんだもん」
「…それで?」
「だってほっとけね〜じゃん!」

小さく口をとがらせるヒカルは、気鋭として注目される棋士の顔とは、異なった幼い顔で…緒方は、苦笑いを浮かべる。

「コイツ、いつもここで餌もらってるみたいなんだよ〜」

と、黒猫の背を撫でながらヒカルが、

『ホラ』と見やった方に目をやると、小さな器が植え込みに隠れるように置いてあった。

「でも、オレが通りかかったら、すごい鳴いてるし…で、気になってさ…。」

うつむき、一人語るヒカルに、それで先ほどの宴会で、あんなに浮かない顔をしていたのか…と合点がいく。

「コイツの飼い主…どうしちゃったのかな?」

ヒカルが心配そうに、ようやく顔をあげる。
いつも餌をやっている人間が来ていないことが気になっているらしい。

「置いてかれちゃったのかな…コイツ。」

小さくつぶやく、その声があまりに悲しげで、緒方はつい

「きっとここの従業員が餌をやっているのだろう。だとしたら、まだ仕事が終わってないはずだ…その内来る。」

らしくないフォローをした事に照れた緒方は、それを隠すように、たばこを取り出す。

「あ、先生!たばこ〜!」

以前から、緒方がたばこを吸う現場に立ちあう度に、注意をしてくるヒカル。
緒方も慣れたもので、

「フッ、これでも減ったんだ。まあ、半箱ぐらい…な。」

口をゆがめて笑い、緒方はたばこに火をつける。
複雑そうな顔をするヒカルをよそめに旨そうに煙りを吸い込むと、ヒカルにむけて、それを吐き出す。
顔をしかめて、煙りを払うヒカルも、もう慣れっこだ。
なぜが、このタイトルホルダーは、喫煙をしない自分や弟弟子を捕まえて、煙を浴びせるのが好きなようで…、ヒカルが吸いすぎの注意をする事にも楽しんでいる節があるのだ。
ヒカルが拗ねたように、また猫をかまい出すと、

「猫…好きなのか?」
緒方が、猫を撫でるヒカルの手元を見ながらつぶやく。

「まあまあ。家、お母さんが動物アレルギーだから、飼えないけどさ。」
「特別好きってわけじゃないのか…。」

こんなにこだわるのだから、余程の猫好きだと思った緒方は不思議に思って、目を細める。

「だって、ほっとけねー。オレにしか声が届かなかったんだもん。」

「腹が減ってないてるだけなら、お前が通り過ぎても、また他の客が気づくだろう」
「オレは、通り過ぎないよ!」

静かに話していた、ヒカルが大きくかぶりを振る。

「オレ…もう、絶対だれの声も聞き逃さないって…決めたんだ。」

猫を撫でているのに、どこか遠くをみるようなヒカルの姿に、緒方は無言でタバコに口をつける。

いつだって、ヒカルは、年には似合わないほど子供っぽいくせに年には似合わない大人びた目をすることがある。
一体その事にどれだけの人が気づいているだろうか?
その姿が、見ている人間をひきつけ…そして不安にすることを、本人は気づいているのだろうか?
特に、囲碁界の天才と言われ幼い頃からよく知っている自分の弟弟子が、そんなヒカルの姿を見てしまったときの目を彼はしっているのだろうか?

自分が置いてきてしまった青春のど真ん中にいる若い獅子たち。
この先、二人に何が起ころうとも、それは二人だけの問題であって、自分が出来ることなど何もない。

(進藤…一番、近くの…一番大事な声を…聞き逃すなよ。)

緒方は心の中でつぶやき、ほどよりも苦い味のする煙をまた吸い込んだ。


 

◆4◆