★雨のち晴れ2★


塔矢アキラは雨の中を急ぎ足で歩いていた。

今日は後援会関係者との食事があると、母に呼び出されて、身につけているのはオーダーメイドのスーツだ。
だが、その高級な布がいくら雨を吸い込もうとアキラは気にもとめなかった。

(むしろ煩わしい…)

今日の急な外出を思い返してなおさら、アキラの端正な顔にゆがみが浮かぶ。
母に後援会の事で…と呼び出されたのは高級ホテルのラウンジ。その時点で気づ0かなかった自分のうかつさが今思えば、歯がゆい。
後援者との食事も大事な仕事 …。
普段は碁の勉強の為と断るような事だが、押しの強い母にそう押し切られては、むげにもできず。
和装に身を包んだ母に連れられ、場所柄を考えてスーツを
着てやってきたアキラがむかった窓側の席には父の代から親しくしている後援会の重鎮と、顔を伏せた若い女性だった…。

(あれだけキツク言っておけば、もうしばらくは懲りるかな?)

そうそうに、会合という名の見合いをぬけだし、母にも二度とこんな無理強いをしないで欲しいと伝えて今に至るわけで…。
母に悪気がないことなど知っている。
自分に大事な人がいる事を伝えられない事こそが、一番罪深い事だと言うことを。

(でも…)

とアキラは唇をかみしめる。
今はまだ彼を紹介するべきではないと、勝負師としての本能が訴えかける。
自分はいい。
彼以外の人など考えられない。
だが、自分と彼にはいつも一つの壁がある。
同性であるという以前に…

彼がいつか…と言った彼自身の謎。

それが二人一緒にいても、決して交わりきれない等、薄くて堅い壁なのだと…アキラは感じていた。
そんな状態だからか…ヒカルは二人の事を必要以上に気にして、最近では同棲している家の外では、口を交わさなくてすむように仕事をずらしたり、わざと他の人一緒にいたり…、そんなことが益々アキラを苛立たせた。
そんな事だから、ヒカルは塔矢家に近づくことさえない。
例えヒカルを家に呼ぶことが出来ても。
ヒカルを恋人として両親に紹介することが出来ても。

(きっと二人を納得させることはできない…)

男同士だから…ではない。

もちろん全くその事を二人が気にしないとは思わないが、それ以上に…

(僕らの揺らぎを…)

あの両親が見逃すはずがない…とアキラは思った。

勝負師として…人として、重みをもっている父と、その妻として沢山の人間と相対してきた母。
決して、アキラの熱情だけでごまかされるものではない。

(進藤の気持ちが固まっていなければ…)

二人の仲を、告白したところで理解も承諾も得られまい…。

アキラは、そう思うとため息をついた。

 

今までは、それでも愛しい彼が傍にいてくれるだけでいいと思っていた。
ヒカルはアキラにとって碁打ちという道を進む上で、全てがはじめての人だった。

初めて同じ年の子供に負けて、
初めて苛立ちを感じさせられて、
初めて追いかけられているという足音にハッとさせられた。

始めの強さはアキラにとって目標であり、憧れだったが
その絶対的な強さは、今のヒカルにはないかもしれない。

だが、その代わりに

繊細な彼の打ち方は華麗で、そして自分を…他人をひきつける。
誰も考え付かない手で、周りをおどろかせる。

何よりも碁に対する情熱は自分と同等…いや、それ以上ではないか?と思ってしまうほどで…。
いつのまにか囲碁馬鹿と言われていた自分と彼が、行動を共にすることが増えて。

碁打ちとしてだけでない…進藤ヒカル…自身に触れた。

(そして、僕は、君から目を離せなくなった…)

碁を打つと言うこと以外でアキラが興味をもつものは少ない。
そんなアキラだが、ヒカルと共にいると色々なことを体験して、そしてそれが嫌ではなかった。

初めてムキになって言い合いをすることも、
初めてラーメン屋に連れて行ってもらったことも、
初めて色々なところに一緒にいったことも。

彼の生意気な目や態度に、なんどもムッとした。

人が何をしようと切り捨てるだけだったアキラにとって、そんなことは初めてだった。

彼が子供みたいに笑って喜ぶ姿が嬉しくて、彼の好きなものを用意して彼を待ち一緒に碁を打った。

人の好みを覚えるなどということは、囲碁漬けだったアキラにとって初めてであった。

いつも元気で人を振り回すくせに、へんなところで遠慮する事があって腹が立った。

もっと我侭をいってくれればいいのに…と。

気づいたときには、おかしな自分…。
知らなかった自分ばかり。

彼がいないと寂しくて、同じ仕事であれば彼を真っ先に探す自分。

彼が遠くをふと見つめるときに見せる瞳の美しさに驚いて、その見つめる先をにらみつけた。
碁を打ちにきて疲れて眠ってしまった彼の床に広がる髪の柔らかさに驚いて、いつまでも触っていた。
時折見せる静かな笑顔に自分が映っていなくて腹立たしくて、彼の肩をきつく掴んだこともあった。

アキラの中がヒカルでいっぱいになった時、アキラはヒカルへの恋に気づいた。

(僕は彼が好きなんだ…)

そう思うと今までの事が、全てクリアになったようで世界が色づいた。
男同士…そんなことよりも、自分が人を愛せたことに驚いた。
それもこんなに強く。

初めての告白。
驚いて目を見開く彼に拒否されなかったことをいいことに、無理やりキスをして…相変わらず彼は、驚いていたが機会を狙って彼を押し倒した。

彼の細い体を自分の腕に閉じ込めて、幸せに酔った。
少し流されやすいヒカル。
今の関係は、その流されやすさの上に成り立っているとアキラは思っている。
流石に、ここまでしていて自分を嫌っているとは思えないが、同じ気持ちでいるかも甚だ疑問である。

だが、彼と付き合うようになって1年。

いい加減、アキラもヒカルの本当の気持ちを聞きたい。

(でも、本当の気持ちを知ったら…それで別れることにでもなったら…)

その不安がないわけではない。
だが、自分達は、成人し周囲も今までのように放っておいてはくれなくなる。

だからこそアキラは、焦っているのだ。

自分は、今日のような見合いめいたものを用意されても、今まで大人の中で生きてきた分、かわすことが出来る。
一般的に不器用で人間関係に疎いと思われがちなアキラだが、それは同年代の人間との間だけで、大人の中では水を得た魚…というようにうまく、その身をかわし続けることが出来るのだ。

(それもこれも、おせっかいで構い屋な、兄弟子達のおかげかな?)

苦笑いをしてみるものの、恋人の事を考えると眉間にしわがよる。

特に師を持たず、特に大人に囲まれてきたわけではないヒカルは、囲碁界では浮いた存在でもありよく目立つ。
そんなもの知らずな彼を、毛嫌いするもの・庇護するもの…そして、付け入ろうとするもの。
後ろ盾のない彼は、何時だって不安定な状態なのだ。

そこに今日の自分のような見合いめいた物を持ち込まれたとき、彼はきちんと応対することが出来るのだろうか?
もちろん、断る方向でだが。

そう思うと、より一層ヒカルから目が離せないアキラなのだ。

ようやく、二人の住むマンションの前までやってきて、アキラは意を決する。

(ともかく…今日は、進藤は休みのはず)

そして、この雨。

以前見た光景がよみがえる。

まだ、付き合い始めて間もないころ。

雨の降る静かな部屋で、ヒカルが一人声も出さずに泣いていた事を。

その姿があまりに希薄で…、神々しかった。

指導碁があると、朝家を出て…笑顔で見送られて…、相手が急遽体調を崩し、仕事がなくなったので彼の笑顔を早く見ようと、急いで家に帰った。
驚かすつもりが、静かに涙を落とすヒカルに声をかけられなかった。

ドアの隙間から見えた彼の横顔は、白くて…遠かった。

(あの時とは違う…)

今は、彼との日々がアキラを支えている。

例え今日、あのときのようにヒカルが泣いていたとしても、きっと自分のほうに目を向けさせて見せる!!

自分の敵は、ヒカルなのか…ヒカルの中にすむ何かなのか…分からぬまま、アキラはマンションに足を入れた。

 

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