★愛すべき毎日・アキラ遍★
「…ふはは…」
ちょっと変わった小さな笑い声に、棋譜を並べていた塔矢アキラは顔を上げる。
自分のいる居間の中央から少し離れた場所で縁側にはみ出すように寝入っている人物・進藤ヒカル。
先ほどまで一緒に碁を打っていたのに、一局終わり一休みにと自分が茶を入れに行っている僅かな間に
スヤスヤと寝入っている人物…。
(一体…君は…どういう神経をしているんだか…)
アキラにとっては、他人の家で家族がいないといえでも、勝手に寝入るなんて考えられない。
手にしたお茶と、ヒカルが好きなお茶うけをヒカルから少し離した畳に置くとアキラもその横に座る。
静かな動きでも、人が動くのだ。
だが、全く気づく気配のないヒカル。
かなり熟睡している模様…。
ちょっと、呆れるような…でも、いつも自然な彼がうらやましいような複雑な気持ちを抱えて
眠り続けるヒカルをジッとみる。
(こういうことは、普通の世界の…友達がすることなんだろうか?)
今まで家によぶ様な同年代の友達がいなかったアキラには分らない。
そして、ハタと気づく。
(友達…僕らは友達なんだろうか?)
一時は一緒に打ちたくて、追いかけた。
一時はくやしくて、遠ざけた。
だれよりも遠かった彼は…今、誰よりも、近いと、心から思える人。それが進藤ヒカル。
でも、アキラはヒカルについて何も知らないに等しい。
もう一度、ジッと彼をみる。
(意外にまつげが長い…)
いつもはお互い碁盤しかみていない上に、すぐにケンカになってしまうので、こんな穏やかな顔は知らなかった。
初めてじっくりみる彼の顔は、なんだか知らない人のようで…。
縁側に差し込む太陽の光を浴びて、いつもの色素の薄い金髪が白く輝いている事を。
白い頬は、とてもキメがこまかくて陶器のようにスベスベしている事を。
出会った当時ふっくらしていた頬が、今はシャープになって小さい顔をより一層小さく見せている事を。
アキラは初めて知った…。
そして、そんな事を「初めて知った」とか思っちゃった自分に気づいて、背中に汗を。眉間に皺を。両手に拳を…作った。
体中が熱くホッテってくるのを、バクバクいう心臓を押さえながら無かったことにしようとする。
(そうだ、碁を打とう…)
まるで、某鉄道観光PR用CMの様な言葉を胸に、碁盤の前に腰をすえる。
幼少の頃から親しんだ碁は、常日頃からアキラの精神統一の手段であり会話の手段であり…。
パチリ…パチリ…、見える道しるべを辿りながら碁石を置く程に、心が落ち着いていくのが分る。
かなり打ったところで、
「…ふはは…」
微かな笑い声のような音に遮られ、顔を上げる。
普段ならかなりの大きな音でも、その集中力は途切れることはない。
でも、今はその微かだが、楽しそうな声が気になった。
(進藤…)
声の主を見ると、ヒカルは未だ夢の中にいるのが見て取れる。
しかし、その顔は限りなく穏やかで、幸せそうに輝いていた。
一人夢の中で幸せそうに笑うヒカル…。
そこには、自分も…もしかしたら碁さえも無いような…
アキラは何となく置いていかれたような気がしてムカッとした。
(今一緒にいるのは、僕だろう!僕と打っていたのに、君ってやつは!!)
なんだか分らないような怒りが、急に込み上げてきて碁盤の前から立ち上がるとヒカルの側に座り
思いっきりヒカルの体をゆする。
「進藤!進藤!!何時まで寝てる気だ!君は僕と打つのだろう!?打つ気が無いなら、ここから追い出すぞ?」
なんだか脅しの様なセリフを怒鳴りながら、必死にヒカルを揺するアキラ。
「う…あ、なっ…なんだ!?」
急に揺すられて熟睡していたようで、実は半分しか眠っていない浅いうたた寝状態(本当に熟睡していたら、これくらいではビクともしない)だったヒカルはびっくりして、飛び起きた。
「…と…塔矢…?」
ヒカルは、まだ完璧に目覚めていないようでボンヤリした顔で不思議そうにアキラを見上げてくる。
そのヒカルの表情に、先ほど盗み見た彼の寝顔を思い出して、アキラは酷く動揺した。
が、その動揺を認めたくなくて…知られたくなくて、わざと眉をしかめる。
それをヒカルは、アキラが怒ったと思ったようで急に焦ったように謝りだした。
「…わ、悪かったよ〜勝手に寝ちゃって。でも、お前、起こすなら、もっと起こし方があるだろ〜?」
謝ってるくせに、なぜか唇が尖っている。頬もぷくっと膨れている。
そんな悪いと思っているのか思っていないのか微塵も分らない態度に、本当は怒っていなかったアキラだが、眉間に本格的に皺をよせることになる。
「…君は〜。」
と、体を打ち震わせ、激震までの体力を溜め込んでいる。
それが、塔矢アキラだ。
「ふざけるな〜」
主の居ない塔矢家に、今日も威勢の良い声がこだまする。
結局、アキラは孤独だった気持ちは忘れてしまった。
ヒカルが、「だって〜」とか「暖かかったんだもん〜」とかよく分らないいい訳をしながら、上目づかいで自分をみる。そんな彼に小言を言いながらも、自分が穏やかになっていくのを感じた。
いつもと変わらない日常。
いつのまにか、自分の中に入り込んでいたヒカルとの時間。
今は一人じゃない…。
怒ることも尽きたので黙った自分に、許されたと思ったヒカルがお茶を飲みながら碁盤を覗き込む。
その棋譜をみて、先ほど眠っていたときと同じ…柔らかく暖かい微笑を浮かべる。
ヒカルとアキラの作り上げた世界。
その優しい微笑をみて、アキラは胸が温かくなった。
(僕は…進藤と…ずっと、打っていきたい。もっと、沢山打っていきたい。)
碁盤から目を離したヒカルは、お茶をグッと飲み干すと、アキラに向かって、いつもの太陽の様な笑顔を向けた。
「打とう、塔矢!いっぱい、これからももっともっと打とう!!ずっとずっと打とう!」
「ああ…、打とう!進藤!」
そして、また二人は碁を打つために再び基盤に向かう。
「お願いします」
「お願いします」
庭にあふれていた光は、いつのまにか赤く染まっている。
穏やかな日差しの中で、二人の打つ碁石の音が静かに続く…まるで、永遠のように。
◆ヒカル編をみる◆
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