★Angel〜佐為が消えた〜6★

ヒカルが消えて、もう1週間が経とうとした。
アキラは仕事に戻らなければならなかったが、使える限りの有給を使い…、足りない分は仕事が始まる前にも終わった後にも彼を探し続けた。

ヒカルと一緒に行った場所の全てを周り、色々な人に会い…。


それでも、彼は見つからなかった。
まるでこの世から消えてしまったかのように…。

アキラは焦っていた。
もし、ヒカルが愛する人との別れに疲れてこの世から消えようとしていたら?
藤原邸では、マグネット盤を持っていったヒカルが死ぬわけ無いと確信したが本当にそうであろうか?

ヒカルは決して弱い人間ではない。
だが、佐為がいなくなった日に見せた取り乱した姿を思い出すと、アキラは居ても経ってもいられなくなるのだ。

(ヒカル…何処にいるんだ?)

心が弱くなっていくのを自分でも感じるが、ヒカルを見つけなければ…とういう気持ちだけが、アキラを支える。


そんな日々が続く中、職場でアキラがヒカルに思いをはせていると

「まるで、君のほうが消えてしまいそうだな?」

声のほうを向くと、佐為とも懇意にしていた為、共に藤原邸によく出入りをしていたアキラの上司である緒方がタバコを吸いながらアキラを見下ろしていた。

「緒方さん…。」
「きちんと食事をしているのか?」

そういいながら、アキラの目の前に腰を下ろす緒方。

「ご心配頂かなくても、大丈夫です」
「ふん、口は相変わらずというわけか」

と、口では言いながらも、その目が労わるような色をみせるので、アキラは居たたまれなくなる。


「人一人が、完全に消える…まるで、16年前の事件のようだな?」
「えっ…?」
驚いて顔をあげるアキラに、

「そうか…アキラ君が生まれる前の事だからな。16年前、『神の城』の住人が二人…神の意思に逆らってこの地に降り立った事があった。」
「…」
「だがもちろんそんな事、神は許されない。だから、大々的な捜索がされた…。だが、二人はまるでこの世から消えてしまったかのように見つからなかった」
「……それで…どうなったんですか?」
「3年間捜索は続いたが、彼らは見つからなかった。神は、彼らは死んだものとして捜索をやめた」
「……その人たちは、どうして『神の城』を出たのでしょうか?」
「オレも詳しくは知らないが、神の意思に逆らった二人は認められない恋人同士で、女の腹には子供が居たとか…」


(ヒカルのことだ…)

アキラは、先日父から聞いた事を思い出す。

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「アキラ…ヒカル君は、神に祝福されない子供だ」

「えっ!?お父さん…一体何をいってるのですか?」

「彼の父は、『神の城』でも高い地位のある人物で…佐為さんや私は、『神の城』に招かれる度に、囲碁を打つ友人であった」
と、遠くに目をはせる父。

「その頃彼には婚約者がいた。神のご意思のもとに決まったものだ。だが、彼はその意思に反して恋をした。神の城で、召使として働いていた女性だ。明るくて、可愛らしい少女で…皆に好かれていた…ヒカル君のように」
「……」
「『神の城』に住む人間が、神の意思に逆らう事は出来ない。我々や人間にはまだ選ぶ権利がある。だが、『神の城』の住人は、神に選ばれその運命に身を委ねた瞬間から、栄光と満たされた生活と引き換えにその自由を奪われる」

それは、行洋が『神の城』に行く事を拒んだ理由でもあった。

「婚約者のいたヒカル君の父は、それに逆らいその少女に愛をささげた…そして、少女は身ごもり、人に知れる前にこの地に下りた。神は怒り、捜索隊を向け、何処もかしこも探したが二人は見つからなかった。それは…二人が、誰もが恐れる森の奥深くでだれにも会わず…二人だけで生きていたからだ」

「まさか…それが…」

「ヒカル君の両親だよ」

「!」

あまりの事に言葉が出ないアキラ…。
だが…出会った頃のヒカルは、全く警戒心の無い様子で、何にでも興味を示した。
まるで、歩き始めた子供のように…。

それは、森の奥深くに住み…誰とも交流を持たなかったせいなのか…。

「お父さん…それではヒカルは…」
「ご両親が他界して、お父上が佐為さんに彼を頼んだらしい…私がその事を知ったのも、佐為さんが『神の城』に行く事がきまってからだ…そして、この事は私と明子…そしてお前以外知らない…絶対に明かしてはならない秘密だ」

なによりも重要な秘密を明かされた緊張と一緒に、たった一人ぼっちのヒカルが一層愛おしい。

「……、ヒカルは…本当に、たった一人なのですね。それでも佐為様は『神の城』へ行く事を選んだというのですか?酷すぎる!」

頼るものなど居ない一人っきりのヒカルを残して『神の城』に旅立った佐為に腹立たしさと怒りがこみ上げてくる。
今まで誰よりも慕い、尊敬してきた人。
それでも、ヒカルを思うと許せるわけが無い…。

「アキラ…お前も碁打ちなら分かるだろう?遥かなる高みを目指す…その心を」
「分かります。でも、それは大事な人を傷つけてまで…捨ててまで得るものでしょうか?」

アキラが激しく言い返す。
父を尊敬し、礼儀正しく育ったアキラが始めて見せた激しい一面。

「アキラ…、お前の言う事も分かる。だが、佐為さんは決してヒカル君を捨てたわけではない」
「どういうことですか?」

穏やかな瞳で、アキラを見つめる父に、アキラも少し冷静になり聞き返す。

「『神の城』で待っているという事だ。神に見放されたあの子が苦しみも悲しみも超えて、『神の城』にやってくるのを…」
「!」
「彼が人の里で暮らすのであれば、いつかは神に知れるだろう…『16年前の忌むべき子』だという事が」
「それは…彼の責任ではないはずだ!」

あまりの言葉に、思わず握った手に力が入る。
そんなアキラを、静かに見つめる行洋。

「そうだが、その言葉は通用しないだろう」
「…そんな…」
「彼が悪くなくとも、彼は罰せられるかもしれない…。その時、真に守る為には『力』がいる。そして、ヒカル君自身にも『力』が必要だ」
「……だから…なんですか?」
「そうだ。佐為さんはヒカル君を待っている…神の城で。それが、ヒカル君を守る為に選んだ彼の『道』なのだ」

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父との会話を思い出し、こんな消え方をしたヒカルが16年前の事件の子供だと分かる前に、彼を見つけなければ…。
と、更に焦りを増すアキラであった。


「しかし、人一人消えてしまうなんてあるんだろうか?」

呟くようにいう緒方の言葉がアキラの耳に引っかかる。


(人が生きていても、消えてしまったように探せない……まるで、16年前の事件のよう…)

ガタン!!と椅子を倒す勢いで立ち上がるアキラ。
そんな、彼に驚いたようすで、

「どうしたんだい?アキラ君??」

と緒方が言っているが、アキラの耳には届かない。

(きっと、ヒカルは佐為様と会う前の家に帰っているんだ…)

しかし、それは誰も知らない事なのだ…佐為以外…。

(佐為様に会うことが出来ない以上…僕が探すしかないんだ…)

アキラは懸命に、ヒカルとの会話にヒントはなかったか考える。

(父は、ヒカルは人に恐れられる森の奥底に住んでいたといっていた…この地には、そういった森がいくつもある…なにか、手がかりは…)

森…森といえば、木が沢山あるものだ…。
そういって、連想ゲームをしていて、ある事を思い出す。

(そういえば、前に彼は、佐為様を大きな樹のようだ…といっていた。)

それは、アキラとヒカルが対戦をしたとき。
まだ二人がそんなには仲が良くは無いが、競うように何度も碁を打っていた頃の事だ。

「キミは、佐為様に囲碁を習ったんだろう?」

初めてヒカルと打ったとき、アキラは当然のように勝ちを収めたのだが、ヒカルのひらめく様な新鮮な手に驚き、またその経験の浅さを考えると…いずれ力をつけるであろうヒカルに、アキラは興味を持っていた。

「そうだぜ!」

それが自慢だといわんばかりのヒカルの満面の笑みが思い出される。

「だからかな、ちょっと佐為様と打ち方が似ているね。」
「そうかな?」

自分じゃワカンネ〜けど?と、不思議そうにしているヒカルに

「そうだよ。でも、佐為様が柳のようにしなやかで優雅なのに対して、キミは虎のようなしなやかさだってキミと対戦した人が言っているのを知っているかい?急に噛み付いてくるんだって」

そう冷やかすようにアキラが言うと、さも楽しそうにヒカルが笑う。

「オレが虎〜??なんか、かっこいいな!オレ、虎とは仲いいんだぜ!」
「何言ってるの、キミ」
「ふふ〜ん。でも、佐為は柳って言うより菩提樹だよ。」
「菩提樹?」
「うん。オレ初めてあったとき、そう思ったんだ。アイツと初めて会った時にすんげぇ〜大きい、オレのお気に入りの菩提樹の下で会ったから、樹の精がオレを迎えに来たのかと思ったモン」

その時は、ヒカルの不思議な言葉に

(変わってるんだな…)

としか、感想を持たなかったが…

(菩提樹の樹がある、虎のいる森…)


今は、このキーワードで、少しは彼の居場所に近くなる事を祈るばかりのアキラがいた。

 

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