Angel〜佐為が消えた〜3

それから半刻してから…右手に熱を感じて、ヒカルは目を開けた。

泣きすぎて、目が重たい。
見えてくる見なれない天井が、現実を思い出させる。

ノロノロと体を起そうとして、自分の手を握る存在に気付く。
手を、少し引くと何か思いつめたように考え事をしていたアキラが顔を上げる。

「ヒカル…」

その次の言葉が、出てこないようにただ切なげにヒカルをみるアキラを、光の宿らない瞳で見つめるヒカル。
その様子が切なくて、早くいつもの元気なヒカルになって欲しくて、アキラはわざと明るい声で話しかける。

「沢山寝たから喉が渇いたんじゃないか?君、朝ごはんも食べてないだろ?」

ベットの脇にあるサイドテーブルから水差しをとり、コップに並々と水を注ぐとヒカルに差し出す。
そんなアキラから目をそらし、俯いているヒカルに、アキラはかける言葉が見当たらなく立ちすくむ。


(自分がこんなに無力だなんて…)

指先から力が抜けていくような恐怖をアキラは感じながら、ヒカルをただ見つめる。
居たたまれなくなって、アキラは

「とりあえず、何か食べるものをもってくるから」

と言い残して、部屋を後にした…。


(あんなヒカル…初めてみた…)

あまりに打ちひしがれる姿を思い出して、アキラは眉に皺を寄せる。

彼が心配…?
いや、それだけではない不快感が、アキラを包む。

(何なんだ…。)

得体も知れない、感情に前方を見据え肩を怒らせて歩く姿は、普段の温厚で礼儀正しいものとはかけ離れていて、すれ違う召使たちを怯えさせた。


食堂で、ヒカルの分の食事の支度を頼むとボンヤリ窓を見上げる。

(ヒカル…)

もどかしい想いに、空を見つめ、落ち着かない心をもてあます。

「アキラさん…」

いつの間に入ってきたのか、母・明子が自分の横に来ていたことにも気付かず、声をかけられてハッとする。

「お母さん…。何でしょうか?」

「ヒカル君が起きたのなら、知らせてくれなくては…ね」

その言葉で、本来なら伝えなくてはいけなかった人への配慮をスッカリ無くしていた事に気付き、アキラは自分を恥じた。

「すみません…。」

そんな、普段なら仕出かさないような息子の取り乱し方を諌めるように明子はまっすぐな瞳を向ける。

「こんな時だからこそ、貴方がしっかりしなくては。」

「お母さん…」

「ヒカル君の事は、佐為さまから我が家でお預かりするように頼まれていますけど…、今、本当に彼に必要なものを与えてあげれるのは、貴方だけなんじゃないかしら?」

きつく問いかける母の真意が見えなくて、アキラは母の顔を見つめ返す。
いつも優しい母だが、決して自分を甘やかすばかりではなく、常に自分の気持ちと人の気持ちを考えて行動するように教えてくれた。そんな人の気持ちに敏感な母だからこそ、今の自分のモヤモヤした想いにも察しがついているのだろう。

「僕には…ヒカルにかける言葉がわかりません…」

それが、辛いのだと言わんばかりに唇をかみ締めるアキラに、明子は瞳を和らげる。

「よく考えて…。きっと貴方なら分かるはずよ。」

だって、私の息子ですもの!と、軽く笑うと明子は、出来たばかりのヒカルの朝ごはんを調理長から受け取る。

「お食事は、私がヒカル君にもっていくわ。」

びっくりして、目をあげるアキラに

「お父様が書斎でお待ちよ。それに…」

一区切りして、明子は諭すような目をアキラに向ける。

「貴方には考える時間が必要よ。そばに居るだけでは、大事な人と2度も離ればなれになった彼の心の傍には近寄れなくてよ」

明子の最後の言葉に、胸をえぐられた様に息を詰まれたアキラは、食堂を背にした母が出ていた扉の音を遠くに聞いた。





−−−−−−−−



その頃、ヒカルが与えられている寝室ではシーツを握り締めるように空を見つめるヒカルの姿があった。何かを見たくても、涙が溢れてくる。

(佐為…佐為…)

優しかった佐為。両親が無くなって、一人で生活する森の中にヒカルを迎えに来てくれた。
それから、いつも一緒だった…。

(ずっと、一緒だって言ってくれたんだ…。なのに…)

自分には何も告げずに去ってしまった佐為に、苛立ちと悲しみと怒りと…がこみ上げてくる。
でもその半面、今まで心の片隅で感じていた別れの予感を受け入れていた。

神の一手に一番近いと言われていた佐為。
佐為に連れられてよその家に行く事は、塔矢邸以外にはなかったヒカルだったが、佐為の家の召使や町での反応で佐為がどんなに尊敬されているかは感じていた。


自分がいなければ、佐為はもっと早く神の城にいけたかも知れない。
佐為は何もいわなかったけど、自分だって気付いていた…。
いつか佐為が神の城へ旅立ってしまうという予感に…。
これでよかったんだ…。と思う半面、寂しさと悲しみに体が裂けてしまいそうになる。

(オレの大事な人たちは、みんなオレを追いてっちゃうんだ…)

底なしの孤独に、血がにじみそうなほど唇をかみ締めるヒカル。

「コンコン」

ノックの音に、反射的に扉をみる。


「ヒカル君…、お食事を持ってきたわ…」

顔を出した明子の姿に、あからさまにがっかりするヒカル。

その様子を、痛ましげに見ながら明子は、

「お腹すいたでしょう?」

と、ヒカルが食べやすいようにお盆を乗せる台の準備をする。
ヒカルといえば、弱々しく首を振り、目を伏せる。
その様子に、明子はベットの横に立ち、ヒカルの顔を覗き込む。

「ヒカル君…、あなたそんなに弱かったの?」

はじかれる様に、目を上げるヒカルに明子が真っ直ぐ見つめ返す。

「佐為さまが貴方と離れるのが、悲しくなかったとでも思っているの?」

「…だって…」

その言葉に、初めてヒカルが口を開く。

「黙って行っちゃうなんて…。」

また涙が溢れてきて上手く話せない、嗚咽交じりの言葉に明子は黙って耳を傾ける。

「…ずっと一緒に居てくれるって言ったのに…」

止めどなく流れるヒカルの涙を拭い、明子はヒカルの細い肩をつかむ。

「佐為さまは誰よりも貴方を大事に思っていたのよ。それが分からない貴方じゃないでしょう?」

「……」

「私が佐為さまなら、自分との別れの意味を考えもせず、ただ泣いているだけの貴方をみたら悲しく思うわ!!」

その言葉に、はっとしたように顔を上げ明子を見つめるヒカルは、無くなった母の瞳をみつけた。
心配の中にも、強く自分を信じ見つめる瞳…。
そしてその瞳は、いつも佐為が自分を見る目と寸分変わらないのだと…思い知る。

(佐…為…)

「とりあえず、食べたくなくても無理やりでも食べなさい。考えるのは、その後よ」

明子は、優しくヒカルの金色の頭を撫ぜると、台に乗せた食事をヒカルの足の上に乗せる。


半分ほど食事を取り、食べ終わったヒカルの頭を明子がまた優しく撫で、

「今は眠りなさい」

と、出会った日の佐為のように優しく微笑んでくれるので、ヒカルは少し甘えた気持ちになって、また少し泣いて眠りについた。


 


 

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