Angel〜佐為が消えた〜2

少年達が基盤を囲んでいるころ、大人たちは居間で静かな余韻に浸っていた。
それぞれの瞳に悲しみに似た色を浮かべながら。


居間に流れるレコードの音に耳を傾けていた佐為が、自分の手をじっと見つめながら口をひらく。

「きっと…きっとあの子の事をよろしくお願いします。」

その涙が潜んでいるような声に、塔矢夫妻はそっと視線を交わす。
ぴくりとも動かない佐為へ、体をむけ行洋は問う。

「それで、良いというのだな」

凛と響くような行洋の声に、佐為は顔をあげ静かに微笑む。

「はい。」

その微笑みは、とても静かで優しい月を思わせるように儚げであった。




−−−−−−−−−

次の日、アキラと打ち疲れていつの間にか寝入っていたヒカルは、お腹がすいて目が覚め、既に部屋の主の居ない部屋を後に、食堂に向かった。

人様の家での、思わぬ寝坊に流石のヒカルも、やばいっ…とおもいながら足を速める。

(も〜、なんだよ〜アキラのやつ!起してくれればいいのに!!また、佐為に小言いわれちまう!!)

と、嫌なことを思い描きながら鼻の上に皺をよせ、やっとの事で食堂にたどりいた時、朝に似つかわしくない大きな声が聞こえて、ヒカルはドアを開ける手を止めた。

「どうしてですか!?なぜ、お父さんもお母さんも引き止めてくださらなかったんですか?」

(アキラ…?)

滅多に両親に口答えすることのないアキラの、親を攻め立てるような声にヒカルは、扉の前から動けなくなる。


「せめて…せめて、ヒカルだけでも起してくれれば…。こんな事っ…酷すぎる」


搾り出すようなその声に、ヒカルは足元が崩れ去るような…目の前が真っ暗になるような、言われもない嫌な予感を感じた。

(大丈夫、扉を開ければいつもどおりの皆がいるんだ)

ヒカルは自分を励まして、不安に震える手を押さえて重い食堂の扉を開ける。

「おはようございま〜す!あのっ、オレ、寝坊しちゃって…ごめんなさい」

無理やり作った笑顔を浮かべながら、寝坊を詫びるヒカルに一斉に6つの目が向く。

「ヒカル…」

アキラが痛みをこらえるような顔で、こちらをみている。

(なんだってそんな目でオレをみるんだよ…)

先ほどから、耳鳴りがしている。現実味のない様な気さえして、これはきっと夢なんだ…とさえ思えてきた。信じられなかった。

行洋がヒカルの方を向き、静かに告げた。


「佐為殿は今朝早く、神の城へ旅立たれた」

(!)

ヒカルはその短い宣告に目を見開いた。

耳鳴りが、頭痛に変わった。目が霞む。何も考えられない。

体を固まらせて、コブシを握り締めるヒカルに明子が静かに近づく。

「ヒカル君…?」

その震える手を取ろうと、明子が指を伸ばすと、ヒカルは体をビクンっと震わせた。

「うそだ…。冗談だ…。これ、夢なんだろう?それじゃなかったら、佐為が先生に頼んでオレのことだましてるんだ。オレがいつまでも寝てるから、これ、お仕置きのつもりなんだろ?」

ヒカルは引きつった笑いをうかべながら、震える声で独り言のようにつぶやく。

「こんなの、オレだまされねーよ。」

そこまで言って、ハハッと笑いながら顔を上げた瞬間行洋と目があう。
その真っ直ぐな瞳に、ヒカルはこれが現実だ…という事を認識する。
いや、自分は部屋に入る前からこの事を予期していたのだ。


佐為がいないという現実を…。

顔が紙のように白くなってしまったヒカルに、明子がもう一度手を伸ばす。
その手が届く前に、

「イヤッ〜〜」

ヒカルの叫び声が広い食堂に響き渡った。

「佐為〜、さい〜」

狂ったように泣きじゃくり、どこへともなく走りだそうとしたヒカルを、今まで痛ましげに見守っていたアキラが抱きとめる。

「だめだ、ヒカル。落ち着いて!」

「いやだ〜!佐為〜!!行かないで〜。一人にしないで!!」

暴れまくるヒカルの手が、アキラの頬を掠める。
イヤだイヤだと、アキラの声など聞こえないように泣き喚くヒカルを力ずくで抱きとめながら、ヒカル自身が傷つかないようにアキラは力いっぱいに抱きしめる。

ビクともしないアキラに泣きつかれたのか悲しみが頂点に達したのか…ヒカルはアキラの胸の中で意識を手放した。



 

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