★Angel〜佐為が消えた〜1★

佐為がいなくなった夜、ヒカルは塔矢邸から姿を消した。


その日、塔矢邸は久しぶりに華やかさに彩られていた。
神の城へ招かれると言われている藤原佐為を招いての会食である。
古くからの友人でありその腕を互いに高めあう同士として、塔矢邸の主・行洋と佐為はよく家を行き来していた。
友人として、家族ぐるみの付き合いが続いている二人だったが、最近は互いの忙しさになかなか語り合う事も少なく(でも、囲碁は打っている)、また行洋の家では一人息子である、アキラが「愛を配る天使」として仕事に就き、規則によって寮での生活をしている為に、この頃ではひっそりとした館に成りがちだったのだ。

その寂しかった館に笑い声が響く。

佐為がつれてきた愛弟子とも家族ともいえる少年、ヒカルと、入寮してからは滅多には家に帰ってこない息子のアキラが、他愛のないことで言い合いをしては年長者の笑いを誘うのであった。

「全く〜、頑固なやつ〜」

ヒカルは、そのふっくらした愛らしい頬をプクッとふくらましてアキラを見上げる。
アキラといえば、その様子から目をそらし、美しい眉にしわを寄せる。

「君には言われたくないな」

周りとしても、見慣れた言い合いでけんかとも言えない様なものである。
それでも、大人ばかりに囲まれて聞き分けの言いアキラをずっと見てきた行洋や、その妻・明子をはじめ、アキラの幼いころから塔矢家に訪れていた佐為に至っても、そのムキになる様子が微笑ましくて仕方がない。

(ヒカル(君)と出会ってアキラ(さん)は変わった)

その場にいた、少年達以外のみんながそう胸に思った。

気まずそうに黙ってしまったヒカルに助け舟を出そうと、明子がいたずらめいた瞳をアキラにむける。

「アキラさんたら…、ヒカル君の前では子供みたいなのね。」

ふふ、と微笑みを浮かべて楽しげな明子は、息子が「そんなことはありません!!」と鼻息荒く否定したのをみて、益々楽しげだ。

「あらあら…、休みになっても家に戻ってこない程仕事に打ち込んでいるから、すっかり大人になってしまったと思ってたけれど…」

そう明子が溢した途端、アキラの顔が固まり、ヒカルがポカンとした顔をし、佐為が(笑いをこらえた)素知らぬ顔をしてそっぽを向いた。

「え…、アキラ帰ってないの…?」

ヒカルがフォークを口元に当てながら、呆然としたようにたずねてくる。
何もかも承知…といった明子は、瞳に笑みを浮かべながら頷く。


ヒカルは、大きい目を更に大きくして、明子を見、そしてすぐさまアキラを振り返り

「お前、毎週ウチに来てるのに…家帰ってないの…?」

その言葉とヒカルのまっすぐな瞳に、それまで固まってしまっていたアキラは瞬時に赤くり、元凶である母へ非難の声をあげる。

「お母さん!!!」

必死な形相な息子に、明子は涼しげな顔で

「あら、本当の事でしょう?今日だって、ヒカル君が居るから帰ってきた…」

…んじゃないの?と笑って続けようとした言葉をさえぎる様に、アキラが声を上げる。

「ちがいます!今日は久しぶりに佐為さまがいらっしゃるから…。それだけです!!それに、先月だって家にはキチンと帰ってきてます!」

そのやり取りを、じっと見守っていた行洋が

「うむ、確かに。先月は確か、ヒカル君を我が家に預かっていた日にアキラは帰ってきていたな…」

その穏やかな双眸に、年よりも大人びたわが子の子供じみた行為が可笑しくて愛しくて…、優しい笑みを浮かべて行洋は、墓穴を掘って再度固まるアキラを見やる。

なんとなく、気恥ずかしいような暖かいような不思議な空気が流れるなか、佐為が行洋に笑いかける。

「はあ〜、その節はヒカルがお世話になりました〜。にぎやか過ぎて、大変ではなかったですか?」

「あら〜、家みたいな大人ばかりの家には、嬉しいぐらいなのよ。本当に…ヒカル君なら何時でも大歓迎よ。ね、行洋さん。」

(うふふ…、可愛いヒカル君のお陰で家が華やぐし、それに…もれなくアキラさんもついてくるし言う事なしだわ♪)

…という言葉をこころでつぶやきながらと明子は楽しそうに夫を見上げる。

その心の声までも聞こえていたように、行洋も微笑を口に浮かべ、

「うむ、そうだな」

と、明子を見、微笑んでいる佐為に頷き、真っ赤になって俯き固まっている息子を身、未だポカンとしているヒカルをに話しかける。

「ずっと、家にいてはどうかね?」

え〜、それはだめだよ〜。という、ヒカルの焦った声に大人たちは笑い声を上げながら、静かに物を思い、少年達は互いに異なった理由で青くなったり赤くなったりしていた。

ひどく幸せな…静かで暖かい夜であった。


夕食が終わり、大人たちが居間へ移っるのと同時にヒカルもアキラの部屋へ向かい、碁盤をはさんでいた。

真剣な顔で、盤上をみつめるアキラ。
先ほどの夕食でのやりとり以降、殆ど口を開かなかった彼の様子を伺うように、ヒカルはそっと
目を向ける。
その、目に気付いたアキラが真っ直ぐな瞳をヒカルに向ける。

「なに?」

鋭い口調に、ヒカルは一瞬たじろぎながら先ほどの質問を繰り返す。

「なぁ…お前、ホントに家帰ってないの…?」


パチリ。眉をしかめて、アキラは先ほど考えていた一手を打つ。
痛いところに、打ってきたアキラにヒカルは一瞬顔をしかめる。

「余計なこと考えてると、また負けるよ」

アキラが無表情でムカつく事をいってくるので、ヒカルもちょっとムキになって

「また…って、いつも負けてる見たく言うな!」

とまず、突っ込んでから、ずっと気にしていたことを口を尖らせて非難する。

「それに、余計なんかじゃないだろ?おばちゃん、さみしがってんじゃん。」

ヒカルの真剣に咎めるような様子に、アキラも少し冷静になり諭すようにヒカルに告げる。

「母は、全部承知で言ってるんだ。あれは、僕をからかう為に言っていただけだよ…僕が何をおいても君とは週に一回は打っているから…揶揄しただけだよ。」

自分のライバルの真っ直ぐな言葉に、自分は彼にとって特別な存在なのだということを感じとり、なんだかドキドキして、とてもうれしくなったヒカルはちょっと、顔を赤らめたが、こればっかりは譲れないと尚も言い募る。

「やゆ…?よくワカンネーけど、そりゃ、からかってんのもあるのかも知れないけど、やっぱ寂しいんだと思うけどなぁ…。」

置いていかれた方は、どうしたって待つしかないのだから。

アキラとて、頭では分かっているのだが、今はやっと自分が向き合える相手に出会えた事で両親よりもヒカル!となってしまっているのだ。
(つまりは、平日は仕事…つまりは囲碁。プライベートの時間はヒカルとの囲碁の事しか頭にない。)

それならば…と、アキラは先ほど父親が言っていたことを思いだす。

「だったら君が家に住めばいい。そうしたら、僕だって毎週家に帰ってきて君と打てるし、両親は君がくれば喜ぶ。」

まじめに言う、アキラにヒカルは呆れたようにかえす。

「だめだめ!オレには佐為がいるもん」

その言葉に、アキラはなんとなく胃のした辺りがキュとなった。
そんなアキラの気持ちなど気付かなかったようで、ヒカルは、それに…と続ける。

「やっぱ…アキラは息子だもん。オレじゃ変わりになんないよ」

まるで、いいなぁ〜というように、ヒカルは遠くを見るようにつぶやく。
ヒカルの両親は、ヒカルが12の年に亡くなっている。
そのあと、両親の友人であった佐為に引き取られたのだ。

それから三年間、佐為はヒカルにとって囲碁の師匠であり、家族であった。

なんとなく、静かになってしまったヒカルの顔をアキラは心配そうに覗き込む。
謝るには、あまりに浅はか過ぎるように思われ…また、自分には自分の言い分があるだけにアキラは、

「ヒカル…?」

と小さくつぶやくしかできなかった。

その、自分を気遣うような気配に気付き、ヒカルは勢いよく顔をあげる。

「ま、おばちゃんの気持ちも分かってやれよ。
オレだって、もし佐為に会えなかったらすげー寂しいもん。
だから、お前も帰れるときは帰ってきてやれよな!」

ニカッと笑うと、ヒカルはお返しの一手をビシッと置いた。



 

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