★Angel〜還る場所〜14★

アキラと分かれて、ヒカルは初段者が半年掛けて棋院での仕事を学ぶ教室へと向かっていた。
そこは、先日アキラに連れられて見て回った一室で、その時は驚くほど大きな教室に、目を丸くしたのだが…

(すごい…狭く見える)

それ位に人で埋めつくされた部屋でヒカルは息をのんだ。

(ここから…ここから始まるんだ…)

半年の研修の後、経験者の下で見習いとして働く…。
だが、それは戦いの毎日への始まりにすぎない。

ヒカルが息を飲んでいると、

「大丈夫?」

和泉が、緊張しているヒカルを心配そうに覗き込んだ。
兄弟が多いといっていた和泉にとって、初めて会ったばかりではあるが、ヒカルは弟達がかぶって見えてなんとなく構ってやりたくなる存在で、ヒカルもヒカルで優しくて穏やかな和泉に佐為の優しさを感じて懐かしく思っていた。
そんな、和泉に心配そうに覗き込まれて

(ヒカル…大丈夫ですか?これから、頑張れますか?)

と、佐為にたずねられているような気がして、ハッとする。

「だ…大丈夫だよ!和泉さん!!」

自分に言い聞かせるように答えて、教室に足を踏み入れる。

「おい、進藤…気合入れるのはいいけど、手と足が一緒に出てるぜ」

和谷が、そんなヒカルをみて笑う。
言い返そうとして、和谷を振り返った瞬間にヒカルは背筋がゾクっとした。

(みんなが…オレを見てる??)

食堂で感じたのと同じ、嫌な視線を沢山感じてヒカルは胸がむかつくのを感じた。
急に青ざめたヒカルに、和谷が

「おい、大丈夫か?」

肩に手を置くと、近くの広めの席にまで連れて行き座らせた。
同じ様に和泉も心配そうに、ヒカルの横に腰を下ろす。


「大丈夫…。ちょっと、驚いただけだから…。」

そう言って笑って和谷に話しかけたヒカルに、和谷が何かを言おうとして、ヒカルを通り越した視線の先で目をとめる。

「キミ、進藤ヒカル君?」

ヒカルが、自分の名前に反応して顔を上げると背の高めの男性が立っていた。
その背後には、数人かの男女交えた天使がたっていて


(なんだ…?)

ヒカルが不思議に思っていると、

「キミ、返事ができないの?」

嫌みったらしく問いかけ、眼鏡を上げる仕草につられる様に、背後の天使達が可笑しそうに声をたてる。


(!なんだこいつら…)

ヒカルが唖然として、目の前の光景を見ていると隣にいた和谷が腹を立てたように、席をたつ。

「おい!オマエ等、ふざけるなよ!!進藤になんの様だよ!!!」

「和谷君、僕は君には用はないんだよ。塔矢アキラさんの、同室者である進藤君に用があるだけだ。」

「あ…塔矢…の?」

やっと訳の分からないムカつきを抑えて、返事をすると先頭に立つ男の顔を見る。

「君!塔矢”さん”だろ?彼は、この棋院を代表する棋士であり、指導者なのだから!!」

「……」

憎憎しげにヒカルをみる男は、腹立たしそうに言うと

「何故君のように、実績の無いものが塔矢さんの下で学べるのか…どんなコネを使ったのか知らないが、これからは例え同室者といえども、きちんと”さん”を付けて呼ぶことだな。」

そう言うと、男は睨むような一瞥をヒカルに与えて、仲間達の下に戻っていった。
その後も、ヒカルに向けられる視線は冷たいものと好奇のものと…。

「…なんていうか…」

途端に元気をなくしてしまったヒカルに掛ける声も見つけられずに和泉が、見守るように見つめる中、和谷が腹立たしげに

「あいつ等!!ムカつくぜ!」

苛立たしげに腕を組み、彼らが座る方を睨んでいる。
広い教室の端と端に位置する席に座っている両者なので、声が聞こえる事はないと思うが、向こうもこちらを見ながら何かを言っているようだった。

「彼らは、塔矢アキラの信者だからね。」

静かな声にヒカルが顔を上げると、自分よりも小柄に見える眼鏡を掛けた少年がたっていた。

「越智…オマエはどうなんだよ!」

和谷に、『越智』と呼ばれた少年は、眼鏡を少し上げると

「僕?僕はだれの信者にもならないよ。いつかは、越える…ただ、それだけさ。」

そういうと、越智はヒカルたちの前の席に腰をすえると

「ともかく、気をつけたほうがいいよ。素性の知れない君という存在が、塔矢アキラにライバルだと言わせている事も、君が彼と同室だということも、全て彼らには気に入らない事なんだから。」

それだけ言うと、後は興味がない…といったように、本を開きだした越智の背中をじっと見つめヒカルは愕然とした。

朝和谷たちと会話した事が筒抜けに皆に知れ渡っていると言う事も、この悪意に満ちた視線にも…。

「どうして…気に入らないんだよ…」

自分がアキラと共にいる事に、今まで文句など言われた事がなかった。
それだけに、ヒカルは見えない壁のようなものに二人を隔てられたような気がして悲しくなっていた。

そんなヒカルのつぶやきに、和泉が遠慮しながら

「彼は段とばしで指導者まであがった出世がしらだから…崇拝者が…」

和泉が言うには、塔矢名人の息子として入所したアキラは皆の期待を裏切らない棋力と礼儀正しさと年にそぐわない落ち着きと上品さで、棋院の若き王子として一部で崇められているらしい。
もちろん、和谷のように対抗心を燃やすものや越智のように目標にするもの…など、その反応は様々であるが…

「ま、ともかく、この棋院で一番注目を浴びてるヤツってのは間違いないな!」

和谷が、嫌そうな顔をしてそう言うと、頬杖をついた。

 

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