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★Angel〜還る場所〜11★
「和谷…なに怒ってんだよ…。」
自分の前ではいつだって陽気だった和谷の初めて見る姿に、ヒカルは戸惑う。
ヒカルの驚いたような瞳に真っ直ぐに見つめられ、和谷も少し罰が悪そうな顔をしてソッポを向いた。
と、コツンと軽い音が聞こえ…
「イテ!」
先ほどから一行のやり取りを黙って聞いていた和泉と名乗った青年が、和谷のおでこを軽くはたいたのだ。
「和谷、大人げないぞ。」
年長であり、面倒見がよい和泉に、常々世話になっている和谷なので、彼に怒られるとシュンとしながらも…
「だって、和泉さん…」
と、反論しようとして温和な和泉の珍しい厳格な瞳に、黙り込んだ。
うつむいてしまった、和谷を「仕方ないな」とでもいう様に、苦笑いをして和泉は
「すみません。本当は気のいい奴なんです。」
と、和谷に目線をやりながら、アキラに向かって微笑みかけた。
丁寧な和泉に謝られて、もとよりこの手の言いがかりには慣れっこのアキラは
「いえ…」
と軽く微笑む。
アキラとしては、早く終わらせてしまいたい慣れた光景なのだ。
が、…その余裕が和谷の腹の虫に再度火をつける。
「なんで和泉さんが謝るんだよ!俺は…」
再度くってかかる和谷の言葉をさえぎるように、和泉が静かに…力強い声で
「和谷!今のオマエやオレの実力じゃ、やっかみにしかならない。」
「和泉さん…」
いつになく、厳しい和泉…。
それは、自分に対して…というだけでなく、和泉自身が塔矢アキラに負けられない!という棋士としての意地がそうさせるのだ…と気づき、和谷はハッとして口をつぐむ。
そんな和谷から目をそらすと、
「いつかは…いつかは塔矢アキラさん、貴方と同じ土俵に立ちますよ」
和泉はそう言って、アキラに真っ直ぐな瞳を向けた。
その姿は、とても真剣でヒカルは身が引き締まる思いで喉をならした。
アキラにとっては日常的に起こる情景。
だが、真剣に自分の実力を認めてくれる棋士に対してアキラも、和泉という青年に感謝を覚えた。
実力があっても、妬みで真実を見れなくなる天使は沢山いるのだ。
アキラは、その気持ちを示したくて和泉に笑いかける。
「お待ちしていますよ。」
その言葉に和泉も静かに笑い…二人の様子を、静かに真剣に見ているヒカルに気づいて、和泉は緊張を解いて、笑いかける。
「驚かせて、ごめんな。進藤君」
驚きの再開を果たした和谷とヒカルだけが勝手に盛り上がって、碌に連れ立った相手を紹介しすらしていないのだ。
ソレなのに、この初めて会う優しげな青年は自分を知っている。
その事が、ヒカルを驚かせた。
「え?オレの事…」
そう言いながら、ヒカルは目をぱちくりさせる。
その小動物のような姿に自分の弟たちを思い出し、目を和らげる和泉。
「君の事、知らない人は少ないんじゃないかな?この時期に入所すること自体珍しいけど、塔矢名人の推薦でこちらの塔矢アキラのライバルって触れ込みだからね。」
「え!そんな事…」
ヒカルはいきなり突きつけられた噂に戸惑いを覚えた。
自身では、いつだって強くありたい…。
アキラとライバルでありたいと思っていたのだけど…。
みんながそんな風に思っているのでは、勝手がちがう。
ヒカルは驚いて、横にいるアキラをみた。
そんなヒカルの視線に気づいたのか…気づかなかったのか、アキラは顔色一つ変えずに口を開いた。
「よくご存知ですね。彼は実践は経験がありませんが、実力は僕が保証します。彼は僕のライバルです。」
そう言い切るアキラの言葉に、食堂にどよめきがおきる。
目立たないようにと、端の席をとったのだが、目をひく塔矢アキラとその同室で新入生の二人は、皆の意識をあつめていたらしい。
当然アキラはその事に気づいていた。
そして、その周りを囲うようにして向けられる視線のなかには、あまり良い感情とはいえないものが混じっていることに…。
特例で入所したヒカルはやっかみの目で見られるだろう。
それはアキラ自身体験したことだ。
アキラも試験をとばしての入所だったので周囲の注目はすごかった。
その中には当然、今のように悪意のあるものも混じっていたが…。
(僕はそんな目にはなれているし、そんな目をねじ伏せるだけの力がある…。でもヒカルは…)
人に囲まれる生活になれていないヒカルにとって、悪意というもの自体がつらいことであるはずだ。
(ヒカルは実力はある。でも、実践がまず足りない…。)
その実力をだせる様になるのにも、時間がかかるかもしれない。
萎縮すればするほど、本来の実力を出すことができないであろうし…そうすれば焦りが出てくる。
その焦りに今度は、自分を見失って…悪循環を繰り返す実力者たちを、アキラは幼い頃から見てきている。
(ヒカルが本来の実力を出せなければ…周囲は黙ってはいないだろう…)
今は内に秘められた妬みも、自分より弱い者だと思われた時点で、どんな形で噴出すかわからない…。
(誰にも…ヒカルをつぶさせたりはしない!)
先ほど、「僕のライバル」と言い切ったのは、心からそう思っていると同時に、ヒカルに注目している天使たちへの牽制でもある。塔矢アキラの強さは、こんな時どこまでも冷静で…計算高く考えることができる事でもあった。
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