★真夜中のメロディ★

(本当に信じられない…。)

塔矢アキラは、自室に鳴り続ける不愉快な電子音に目を覚ました。

テェロテェロ… テェロテェロ…♪

何度も鳴り続けるのにも関わらず、この迷惑音の元凶である携帯電話の主は目覚めない。

(進藤は一度寝ると、なかなか起きない…。寝起きもいい方ではない…。)

(だからって、普通これは起きるだろ…?)

アキラは、眉間に皺を寄せて、幸せそうに眠り続ける恋人を見下ろす。

(まぁ…確かに久しぶりだったから、少し疲れさせてしまったかもしれないけど…)

と、アキラは先ほどまでの行為を思い出し少々照れながら、ヒカルの携帯に手を伸ばし、不愉快なアラームを切る。ヒカルが一心に自分にしがみ付く可愛らしい姿を思い出しながら。
他の人ならば、例え叩き起してもこの迷惑音の責任を取らす所だが、ヒカルは愛しい人であり、その彼が疲れきって眠っている責任は自分にある…。

思いもよらぬ音によって目が覚めてしまったアキラは、なんとなく寝付けなくて健やかに眠るヒカルをせめてじっくり見ようと、体を起す。
行為の時、ヒカルが恥ずかしがって暗闇を好むので明かりはついていない。
目は慣れてきたが、ほとんど可愛い恋人の表情が見えない状態に焦れてアキラは部屋の電気をつけようかと思い立ちあっがたが、気を変えて窓に寄る。
窓を開けると二人の熱気に満ちていた部屋に、冬の空気が入り込む。
月明かりを期待したアキラだったが、外は暗く…三日月にも満たない薄い月がほのかな光に輝いていた。

(ここが、東京でなかったら、こんな日は星が良く見えるんだろうけど…)

普段、星にも月にも興味がないアキラだが、期待した明かりが全く見当たらず肩透かしをくらった気分になった。
冬の空気は独特で、人を寂しくする要素があるのかもしれない…。

アキラは、こんな夜中に一人で起きてしまったことが悔やまれて窓を閉める。

ヒカルといえば、先ほど入り込んだ冷気に布団を引き上げて顔を半分以上かくしてアキラに背を向けてしまっている。
それが、アキラにとって益々一人を感じさせ、不覚にも胸が締め付けられる。
それは、いつもヒカルが一人で棋譜を並べていたり、自然の移り変わりに目をとらわれていたり…そんな時に感じる胸の痛みと一緒だった。

(君と出会わなければ、知らなかった痛みだよ…)

アキラは、布団からちょっとだけ飛び出ているヒヨコ頭に手を伸ばす。
すこしでも、ヒカルが一緒にいることを実感したくて。


何度も、何度も柔らかい毛をすくい取っていると、黄色頭がむずがるように動く。

その瞬間、再度先ほど止めたはずの携帯が鳴り始める。

テェロテェロ… テェロテェロ…♪

アキラはびっくりしてヒカルの携帯を拾い、電源を切る。

(さっき切ったばかりなのに、また鳴るなんて…進藤はどうしても、起きたい理由でもあるんだろうか?)

ヒカルの意図が全く分からなくて、布団の下に隠れた顔を覗き込む。

すると、1分も満たないのに再度携帯が鳴る。

(もしかして、止め方が特殊なんだろうか?)

アキラはパソコンなどの機械は触るし得意な方だと思う。
でも、携帯では「ヒカルと電話する」「ヒカルとメールする」「ヒカルの写真を撮る」以外で使用する機会がない為、他の使用方法が良く分からない。

(これは、進藤を起さないことには…この電子音から解放されない)

と、流石のアキラも腹を決めてヒカルを起しにかかる。

「進藤…進藤…起きないか」

とは言え、寝ているヒカルを起すのは可哀想で限りなく声が小さい。
全く起きる気配のないヒカルに、今度は肩を揺する。

そんなことを、5分ぐらい続けてようやくヒカルが目を開ける。

「ん〜、なんだよ〜」

気持ちいい眠りから覚まされたヒカルが不機嫌そうに呟いて、体を起す頃には、アキラも疲れきってしまって無言で鳴り続ける携帯を渡す。

すると、ヒカルもハッとして携帯を掴み取る。

「や…やべぇ…、もうこんな時間かよ…」

半べそになりながら、何かの操作をしてヒカルが携帯を止めた。

暗闇にも分かるぐらい、気まずげな顔を俯かせながら、

「ごめん…」

と、ヒカルが小さく謝る。

ヒカルを起している間に、こんな真夜中にアラームをかける行動に腹が立ってきたアキラだったが、後悔いっぱいというに姿で謝るヒカルに、怒りをすっとひっこめた。

(こんな風に、俯くときの進藤には何か僕には分からない理由があるから…)

と、過去の苦い思い出を振り返って、可哀想なほど肩を落とすヒカルの顔を覗き込む。

「別に怒っているわけじゃないんだ。」

アキラの言葉に、目だけ上げたヒカルに静かに笑いかけながら

「ただ、止め方が良くわからなかったから…。それに、こんな時間にアラームをかけるなんて、何か大事な様があるのかと思って」

きっと、その理由を自分は聞くことが出来ないだろう…とアキラは自嘲するように笑い、その顔を隠すように俯く。
自分だけの世界を持っているヒカル。どんなに交わって一つになっても、自分の知らないところに想いを馳せてしまうヒカル。

(こんなに僕は君のことしか考えていないのに…。君を僕だけのものにしたいのに…。)

先ほどの胸の痛みがよみがえる。

「あの…」

ふいに黙ってしまったアキラに、ヒカルは布団から出てアキラの前に間をつめて座る。

「あの…お前の生まれた日だって…お前の生まれた時間だって聞いたから…」

押し出すように呟かれた言葉に、アキラは目を見開く。

「えっ…?」

間抜けな声をだして、自分をマジマジ見つめるアキラに焦れるようにヒカルはちょっと大きな声を出す。

「だから!お前が生まれた時間に一番に言いたかったんだってば!!」

アキラから目をそらして膨れっ面になっているヒカルは、暗闇にも真っ赤になっているのが分かる。

「えっ…?えっ…??なんて…?」

意外な言葉に、回転のいい頭をフリーズさせて目を瞬き続けるアキラに、

(も〜ここまで言ってんのに…。ホントこいつの頭って囲碁以外つかえねぇのかな〜)

と、茹でタコの如く真っ赤になりながらヒカルが悪態をつく。


(この鈍ちん!)

ヒカルは向き合ったアキラのひざ頭に自分のひざ頭をくっつけて、俯くアキラの目を自分に向けさせる。

「誕生日!」
「うん…」
「誕生日おめでとうって、言いたかったんだよ!」


ドサッ。

けんか腰のようにいいながらアキラに飛びついてきたヒカルのいきなりの攻撃に、アキラは布団に押し倒される。
いつもと違う状態に、目を開けるとヒカルの頭が飛び込んでくる。
アキラの胸の上に頬をつけて、ヒカルは尚も力を入れて抱きついてくる。

(…進藤が、自分から抱きついてくるなんて…。滅多にない…っていうか、かつてあっただろうか…)

幸せに浸りながらヒカルの細い体をアキラも抱きしめる。

「心臓の音…」

「えっ…?」


無理やり頭を上げてヒカルをみるアキラにヒカルも顔を上げ、

「お前が生きてるから、心臓の音がするんだよな…。」

それが、すごく嬉しいんだ…と、笑うヒカルの笑顔がとても優しくて…自分だけを真っ直ぐ見つめる瞳に愛しさが溢れてきて、アキラはすばやく体を起して入れ替わるようにヒカルを自分の下へと入れ替える。

そんなアキラの頬を愛しそうにヒカルは撫ぜると、

「お前より早く起きて、おめでとうっていう筈だったんだけどな!」

と照れたように小さく笑う。

そんなヒカルに、アキラは抑えきれなくなって唇を吸うように重ねる。
甘い吐息をこぼして、ヒカルはアキラの首に手を巻きつける。

「塔矢…誕生日おめでとう。お前が生まれてきてくれて…よかった…」

その言葉に、アキラの胸が痛くなる。先ほどとは違った甘いうずきが…。
アキラの顔を下から見上げていたヒカルが、急に驚いたようにアキラの頬に手を伸ばす。

「なんで…泣くんだよ…?泣くことないだろ…?」

呆れたように笑うヒカルは、楽しそうで…アキラは

「泣いてない…」

と、すねた様に呟きながら静かに涙を流す。

ヒカルが困ったような顔をして、アキラを引き寄せるとその流れる涙をすくうようになめる。
柔らかくて暖かいヒカルの舌の感触から、ヒカルの愛情が流れてくるようで…アキラは、お返しのキスをヒカルの顔中に降らせる。

くすぐった気に肩をすくめるヒカルの前髪をすくう。
先ほどと同じ柔らかい髪。

(一つになれなくても、君をこんなに感じる…。)

気持ちよさそうに髪を撫でられ、うっとりとアキラを見つめる愛しい人の瞳には自分が映っている。

(ねぇ…進藤、僕は…生まれてきて良かった…。)

アキラは口に出さない想いを、ヒカルに感じてほしくて深く口付ける。

ヒカルは、優しく髪を撫でられながら、声に出さない想いをアキラに告げる。

(オレ…お前に出会えて本当に良かった…。生まれてきてくれて…ありがとう、塔矢…)


それから、冷気に包まれていたアキラの部屋には甘くて熱い空気が満ちていき、その空気は夜が明けるまで続いた。