★母と息子のひな祭り。7★
すっかり準備の整ったお祭り用のお食事だけど…
(今日は、作りすぎになってしまったかもしれないわ…)
どうせなら、ご両親がお出かけしてるといっていた進藤さんに持っていってもらえば良かった…。
もちろん、さっきはそれどころでは無かったのだけれど…。
「ふぅ」
日の翳った台所で何となくため息が出てしまう。
「明子」
どのくらいそうしていたのか…私がジッとしていると、台所の入口に行洋さんが立っていた。
「あなた…。お茶ですか?」
私がそういって立ち上がると、
「いや、いい。」
そういって、台所にあるテーブルの前に腰掛けた。
私も、その前に腰をかける。
「ねぇ、行洋さん。」
「なんだね?」
優しい行洋さんの声に、私は遂愚痴をいいたくなってしまう。
「男の子ってつまらないわ。いつか、家を飛び出してしまうんだもの。」
今日みたいに突然…きっと、アキラは飛び出して行ってしまうのだろう。そう思うと悲しくて…。
私が、子供みたいに俯いていると
「明子、今度また中国に行く事になっている。お前も来なさい。」
「行洋さん。」
夫が海外に行く時、ついていくのは何時ものことだけれど、「一緒に来なさい」と言われたのは初めてで、私は自分の耳を疑わずにはいられなかった。
行洋さんは、少し笑うと
「アキラにはアキラの道がある。私達が、どんな風に考えても、アレは自分が大事だと思ったものにしか興味を持たないだろう…。まぁ、私のせいでもあるが…。」
「あなた…」
「あの子は頑固な子だから…。だから、我々が何を言っても仕方ない。信じるしかないのだろう…あの子を。」
父としてだけでなく、師匠として息子に接する行洋さんには、私以上にアキラさんへの不安もあるのかもしれない。
同じ棋士として、戦いのばに身を置く息子を案じる気持ちがあるのかもしれない。
私が黙っていると、
「君は私との、この何年間を後悔しているかな?」
静かな声。
それは、女の子を諦めた事を後悔していると思っているの?
とんでもない!だって、私にはこんなに大切な家族があるのよ!?
「まぁ!一度だってそんな事ないわ。」
私が怒ったようにそういうと、彼も笑って
「私もだ。きっと、アキラも自分の道を後悔するようなことはしないだろう。私達の子だ。」
「ふふ。そうね。私ね、アキラさんには諦めて欲しくないの。欲しいものは欲しいって…たとえ、どんな我侭でも言って欲しいわ。今まで、あの子に色々なものを背負わせてしまったんだもの…。」
知らず知らずに…。
「アキラが、囲碁以外に大切なものを見つけてくれることが、私の親としての一番の願いだ。私のように…」
「あら?あなたにとっての囲碁以外に大切なものって何ですの?」
囲碁一筋の夫からそんな言葉を聞いて、私は驚いて聞き返す。
すると、私を見てうっすら赤くなった行洋さんが
「ゴホン」
と咳払いをした。
結局、その日は進藤さんを囲んでおひな祭りをすることが出来て…私とっても嬉しかったわ。
(ねぇ、行洋さんはきづいてるかしら?アキラさんには囲碁以外に大切な人、出来てるんですよ?)
私は、夫におかわりをよそいながら、心の中でしゃべりかける。
さっき、アキラさんを呼びに行ったときに見てしまったのは、息子が友人を押し倒している姿。
だって、あまりに静かだったから、どうしてしまったのかと声もかけずにいると、ボソボソと話し声が聞こえて、ふすまの隙間から、ちょっと見えてしまったのよ。
わざとじゃなかったのよ??
でも、ちょっと驚いたわ。だって、息子が男の子を押し倒しているなんて!!!
その半面、なんだかこれまでの、あの子の行動が全部一気に解けたのね。
だから、不思議と怒る気も焦る気もなかったわ。
ただ、納得しただけ。
もしかしたら、行洋さんは気づいていたのかも。
だから、あんな風に私に言ったのね。
その父と息子。師匠と弟子。その関係がうらやましい。
(だったら、私は母としての特権を使わせてもらうわ!!)
そうして、わざと声をかけて部屋に入ると、妙に焦っている二人がいて。
面白くて、わざとアキラさんの前で進藤さんの手をとると、面白いくらいにアキラさんが目くじらを立てて!!
(はぁ、今まで気づかなかった私って、頭が固いのかしら?)
そんな事を考えて、階下に下りたわ。
4人で食卓を囲みながら、幸せそうなアキラさんが進藤さんを見つめている。
本当に不思議で、可笑しな空間だけど…
(やっと囲碁以外で、誰の目も気にする事がないくらいに大切なものが出来たのね…)
ねぇ、アキラさん。貴方は、諦めないでね。諦めて、私のように、大事な人にその重荷を背負わせないで。
私が女の子を諦めたことで、貴方に無理やり女装をさせてしまったように…。
いつか貴方が、私に告げてくれる日がくるのかしら?
その時は私、喜んで貴方の味方になりたい…。
でもね…今日気づいたのよ。
進藤君がキレイな顔をしていると言う事に。
私が持っていた、フランスから来た人形と同じような可愛らしい顔だったと言う事に。
孫も娘も無理ならば…、ふふ、その代償は進藤君に払ってもらわなければね。
そう思って私は進藤さんにおかわりをたっぷりとよそって微笑む。
「ねぇ、進藤さん。これからは、私とも仲良くしてね?」
眉を吊り上げる息子と、物静かに…でも口の端を少しあげた(私の考えを察して笑っているんだわ)夫と、なんだか真っ赤になって焦っている息子の恋人をみて、私は幸せだった。
◆おわり◆
結構都合がいい風に終っちゃいましたか? でも、二人には幸せになってほしいので…すみません。 アキラさんのように、囲碁一筋な息子と囲碁人生な夫をもつ明子さんは色んなことを諦めて、そしてその分色んなことを楽しむコツを知っているような気がします。 とことん、妄想ですが…。
少しでも、このお話が楽しんでいただけてれば…と思います。
|