佐為…ここを出るとき、お前どんな気持ちだった?
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夜明けと共に、藤原邸に戻ってきたヒカルは、一人佐為の部屋にいた。
主の居ない、その部屋は静か過ぎて。
この2年間、どこにいるより長い時間を過ごした場所…それが、この部屋なのだ。
ヒカルは、冷たくなったベットに倒れこむ。
枕元に顔をうずめると、佐為の香りがするようで…。
いつも、包んでくれた…あの優しい香りが…。
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佐為…。
お前と一緒に寝てた、このベット…一人じゃ広すぎるだろ?
部屋だって…。
なんか、ここに初めて連れてこられた日の事を思い出すよ…。
一人になっちゃったオレを、父さんの友達だってだけでここに連れてきてくれたんだよな。
森の中で育ったオレには、度肝が抜かれるようなデカイ部屋を用意してくれて。
あの部屋だけで、オレんち全部入るもんな…。
でも、それが余計に寂しかった…。
オレ、母さんが生きてたときは母さんと父さんに挟まれて寝てたし…、母さん死んでからは父さんと寝てたし、父さんが具合悪くなってからは、虎のリオンと寝てから…。
ベットに入って、背中もお腹も冷たくって…スゲェー寂しくって…泣くつもりなんて無いのに、涙が出てきちゃって。
でも、そんな事知られたくなくって黙ってたのに…、お前がオレの部屋に来て一緒に寝てくれた日は嬉しかったな。
「ヒカル…起きていますか?」
「…なに?…」
「今日は少し冷えますから、一緒に寝ても良いですか?」
「お前が、そんなに言うなら…一緒に寝てやってもいいぜ!」
あんとき、佐為ったらスゲェー嬉しそうな顔してんだもん。
オレあの時、ここ来て初めてゆっくり寝れたんだよなぁ。
佐為って、碁打ちとして凄いのに全然偉そうじゃないとことか…皆に物凄い尊敬されてるし、凄い穏やかで優しくて欠点なんてないみたいに思われてるけど…、ホントただの碁馬鹿。
碁ばっか打ってたから、全然人付き合いが悪いの。
そういうのって、佐為と一緒に暮らすようになって気付いたんだけど…オレなんて生まれてこの方、親以外の天使に会った事なかったのに、慣れたら結構楽しくやってたのに…佐為ってホントに不器用で。
よく、オレの事引き取る気になったなぁ〜って、妙に感心したよなぁ。
ま、オレだって慣れるまでは佐為の後ろばっかついて回ってたけど。
だって、森の動物達は、存在する全てが真実だけど…、天使は話せる分そうはいかないもん。
佐為の屋敷に来て、オレはいつだって人の視線を感じてた。
そりゃ、独身の主が子供連れてきたら不思議だわな。
そんな、目が恐くってオレは佐為から離れられなかったんだ。
でも、ある日オレが鳥寄せをしていると佐為が感心したように言ったよな。
「ヒカルは本当に動物に好かれるのですね」
「だって、オレ森じゃ動物しか友達居なかったし…。」
「今も、ヒカルが踏み出さなければ…変わりはないですよ?」
「…佐為。でも、天使はさ…言ってる事と考えてる事が違うじゃん。オレ…」
オレの事を可愛い可愛いと頭を撫でながら、佐為が見ていないところで物凄い目つきで睨んでくる女達や、ニヤニヤしながらオレの身体を触る男たちだっていて、オレは佐為には言わなかったけど両親と佐為以外の天使が嫌いだった。
「動物は裏切らないもん。行動が全部じゃん。」
オレがそういうと、佐為は
「確かに、裏切りませんが…寄り添える関係にも無理があるでしょう?生きとし生けるものには、心を共有できる相手が必要なのですよ。」
「……。佐為にはいるの?」
あまりに優しい顔で言うので、オレはついつい聞いてしまった。
「私は…、今までその事を忘れていました。貴方に会うまで…ね。」
佐為はそう言うと、出会った日のように優しい笑顔をしてくれて…そうして言ったんだ。
「天使だって動物ですよ。自分が心を開いて接しなかったら相手も返してはくれないでしょう?」
オレはその言葉で、父さんの言葉を思いだしたんだっけ。
その時、オレはスゲェーちっちゃくて、家の近くまでくる虎のリオンと仲良くしたいのに、仲良くなれなくってぐずってた。
そしたら、父さんがオレの目をじっと見つめて
「ヒカル…、動物と仲良くなりたかったら自分から恐怖心をなくしなさい。」
そうなんだ…、オレが恐がってからリオンも警戒してたんだ。
天使も一緒?
オレは、半信半疑だったけど、佐為以外の天使を恐がるのをやめた。
そうしたら、周りが違って見えて…。
まず仲良く慣れたのは、オレの部屋の面倒を見てくれたメイドさん。
その人は、オレが、ここに来た時に泣いてた事を佐為に教えた人だったんだ。
そりゃ、そうだ…。
あの鈍い佐為が、気付くわけがないもんな。
オレと同じくらいの年の子供が居るその人は、オレの枕が濡れてる事に気付いて、オレを心配してくれてたんだって。 今でも、その人はオレの事とっても可愛がってくれてる…。
それから、この家の執事さんも…オレが佐為との囲碁で負けてふてくされてると、そっとお菓子をくたりして…。
佐為がちっちゃい頃から、この家で働いてるおじいちゃんで、まるで孫みたいにオレの事を可愛がってくれてるんだよな。
そんな風にして、オレはここに慣れて…天使に慣れて…。
佐為の後ろについて歩かなくても、平気になった頃…アキラに会ったんだ。
アイツは、オレと同じ年なのに物凄く大人っぽくて…。
やたら落ち着いてるのには最初びっくりしたな〜。
なんか、佐為が好きみたいで、オレが佐為に碁を教えてもらってるって聞いて、物凄く恐い顔したっけ。
そのくせ、すぐニッコリ笑ってさ…、オレと打ちたいとか言っちゃってさ。
オレは初めて佐為に碁を習ってから、佐為としか打った事なかったけど、正直そんなに碁が面白いとも思えなかったから…適当に打つ気だったんだ。
でも、勝負を始めたらアイツがすごい真剣な顔で打ち始めて…オレもつられるみたいに、真剣になっちゃって。
初めて本気の碁を打って…負けて…スゴイ悔しかった。
もっと強くなりたいって…思った。
そうだよな…。 オレとアキラに追いつきたくて、碁頑張ったんだよな…。
最近じゃ、時々だけどアキラにも勝てるようになってきたんだもん…。
そういえば、佐為がオレを塔矢先生んちに頼んだって、明子さんが言ってたっけ。
あの広い家で、塔矢先生と打ったり、明子さんと話したり…時々帰ってくるアキラと打ったり…。
それはそれで、楽しいのかもしれない。
でも…。
でも……オレは佐為がいいんだ。
明子さんが言ってたこと…。
「私が佐為さまなら、自分との別れの意味を考えもせず、ただ泣いているだけの貴方をみたら悲しく思うわ!!」
オレだって、悲しいよ…。こんなの悲しすぎるよ…。
アイツがオレと別れた意味なんて分かんないよ!! 分かってんのは、アイツがここにいないってことだけじゃん…!!
佐為に会いたい…。
時を、アイツと出会ったときに戻せるなら…もっと、アイツに優しくしてあげれるかな?
オレは何回、こんな事を思えば分かるのかな?
塔矢先生んちに行くのも…佐為を想ってこの家にいるのも嫌だよ…。
だって…ここは寂しすぎるもん。
何処にいたって、佐為との思い出が多すぎるんだ…。
森に帰ろう…。
森にいれば、佐為が迎えに来てくれるかもしれない。 あの二年前みたいに…ボロボロになりながら。
絶対無理だって分かってても…それでも、もしかして…て思うと、居ても経っても居られないんだ…。 ここに居ても落ち着かないんだ…。
ここでもらった物は、全部いらない…。 全部置いていくんだ…。
あっ…でも、あれだけはもってこう…。
アキラと沢山打ったマグネット盤…。 これがあれば、寂しくないよな…。
ごめんな…アキラ。
ごめんなさい…みんな。
さよなら…佐為と過ごした家。
さよなら…みんな。
オレはもう、佐為のいない、ここには戻らない…。
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